『吉井町史』第一巻・通史編      一九九五年三月・吉井町刊

             
 岡山県赤磐郡吉井町。よく知られた町とはいえまい。ただ吉井川といえば知る
人も多かろう。その右岸山間の町。なつかしの片上鉄道の周匝(すさい)駅あた
りが中心である。史学史の上でもさほどは登場しないこの地域にも多くの歴史が
あり、分析する視点さえ確保できれば多くの歴史叙述が可能になる。そんなこと
を教えてくれるのがこの町史である。
 叙述の素材は意外に豊富だ。古代の場合は平城京木簡。ほか条里や廃寺。中世
の場合は近世に筆写された慶立寺文書。そしてその花押(後鳥羽院近臣藤原範季
に比定されるもの)。中世史料に見える吉井川の梶取(かんどり)。こうしてな
らべてみただけで、この地域が水運によって京の都に直結していたことが、強く
印象づけられるではないか。
 近世になれば、不受不施の問題や寺院淘汰など備前藩特有の問題が掘り下げら
れる。一方では池をめぐる番水や山論など地域に密着した問題。そして古代以来
の大動脈吉井川の水運が、倉安川の開鑿もあってその重要性をいや増していく様
などが描かれる。 
  本書は「生活史の叙述」を標榜する。そのキャチフレーズにふさわしく生活史
に密着した内容は豊富である。逐一紹介するには紙幅が足りない。実は本書につ
いては既に『岡山地方史研究』七八(一九九五ー一〇)が特集「自治体史を考え
る」を組んでいる。書評も前近代と近代に分けて掲載されている。あわせての一
読をおすすめしたい。
 なお一、二の感想を。考古での記述の中心になるのが月の輪古墳である。和島
誠一氏らによる月の輪古墳の発掘は、「国民的歴史学運動」の名とともにいまや
伝説的なものとなっている。ただ古墳は町からよくみえるもの、その所在地は吉
井川の対岸の柵原(やなはら)町になる。たぶん、だからだとはおもうが、『町
史』にはこの発掘のもった意味について、近代編のごく簡単な記述をのぞき、ほ
とんど関説はない。周辺の老若男女がこぞって参加したと伝えられるこの歴史調
査は、今や、はたして、町民の歴史理解にとっての何の意味も残さなかったのだ
ろうか。
 また付図として小字図が付されている。これは岡山県の市町村史の一つのスタ
イルであり、永山卯三郎氏以来の重い意味をもつ貴重な伝統である。これらを活
用して条里や、中世の開発(滝山別所と妙見谷)、川に面した中世の「古市場」
などが検出される。近世ではこの地図によったと思われる賀茂社領の耕地分布図
も作成されている。しかし全体の印象では小字図、地名を利用した記述が意外に
少なかった。河原屋村の耕地(新田)の開発状況が一覧表になっているが、この
表の字(あざな)を実際現地に落としてみたら、開発の手順、用水路の開鑿状況
などがリアルに分かるのではないか。また小字図を見るだけでも天正二年(一五
七四)の仁堀賀茂社の宮座史料に登場する西勢実の信正、中勢実の喜七、仁堀西
村の神原、同じく布施(字は布勢)など、かなりの数の名(みょう)の名(な)
が、そのまま今も小字に残っていることが分かる。屋号や通称地名まで調べれば、
戦国期の村の姿がかなり詳細に復原できるような気がする。いかがだろうか。 

  *なお本書の購入は直接吉井町教育委員会(〒七〇一ー二五 岡山県赤磐郡
  吉井町周匝一三六、電話〇八六九五ー四ー一一一一)へ。定価は五〇〇〇円、
  二巻、三巻の史料編上、下も各五〇〇〇円、三冊セットの場合は計一二、〇
  〇〇円。送料は着払いとのこと。 

                                       (服部英雄)

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