地域資料叢書刊行にあたって

 地域資料叢書の第三冊として吉原弘道『青方文書の研究』を刊行する。海の武士団とし
て著名な青方氏とその家の文書「青方文書」。しかしこの文書群の位置づけは学界におい
て定まったものではなかった。学界で有力だったのは案文(写)説である。吉原氏は本書
において、従来の研究者が青方文書の中のみで行ってきた議論を、その外に広げて展開し
た。青方文書に残った文書と同じ日付で同一人から出された文書。それが何点も各地の家
わけの文書に残されている。上級権力からの発給文書などが青方文書と同時に斑嶋文書、
相良文書ほか多くに残されている。吉原氏はそれを筆跡、紙質の観点から比較検討し、い
ずれも同筆で、同時に作成されたものと判定した。すなわち青方文書は正文であると位置
づけ直され、復権を得た。
 この吉原氏の作業はあたかも辻善之助「親鸞上人筆跡之研究」における親鸞文書の筆跡
研究を思わせる(『日本仏教史研究』五巻に再録)。当時ひそやかに流布されていた親鸞
非実在説を打ち破るべく、辻は各地に残されていた親鸞手跡を比較検討し、いずれも自筆
であると判断した。真跡五十五点を見出したのである。こうして辻は確かな筆跡がないと
する論者に反駁した。さらに疑われていた著作「教行信証」がまちがいなく親鸞の自著で
あることを論証した。
   本書における吉原氏の作業によって、青方文書の文化財的価値は飛躍的に高まったとい
ってよい。不思議なことにこの著名な青方文書が、国指定重要文化財にも、長崎県指定重
要文化財にも指定されていなかった。いまだに何らの文化財指定も受けていない。そのせ
いだというわけではもちろんないけれど、この文書には文化財的価値を損ないかねないか
のような、稚拙な「修理」(成卷)がなされたこともあるようだ。失われた花押・文字も
あるという。その痛ましい現況は本報告書に詳しい。
  案文(写)であるのか、正文であるのかによって、文書群の解釈は 一八〇度も異なって
こよう。花押一つをとっても正文であるか否かでは、その持つ意味も変わってくる。その
場で各人が加えた花押か、のちになってそれをまねた花押か。特に多数の人間の連署のあ
る一揆契諾状等では、史料のもつ価値が大きく変わってくる。後半では正文説にたった見
直し作業が展開される。
 読者にあってはどうかこの力作の熟読を願いたい。

                        1999年5月10日

                                                         服部英雄

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