わが回想の百名山
2013年5月28日 訃報 ソ・ソンポさん
前夜、趙正民さんから、ソ・ソンポさんがエベレスト下山中に亡くなった という連絡をもらった。5月20日無酸素で登頂をはたしたが 、21日朝、 C4(8050m)のテントの中で死亡が確認されたという。下山を開 始してからは不調だったようだ。キャンプにいても体力が回復せず、い るだけでおとろえてしまう。あらためてデスゾーンの恐ろしさ、無 酸素のきびしさを知る。かれの事故は日本でもネットに紹介されて いた。金昌浩(キム・チャンホ・44歳)さんを隊長とする韓国隊5 人は全てを人力による登山をめざし、海抜0メートルのインド洋か らカヌーで出発し、川を160km、サイクリングで1000km、そして BCへの150kmのトレッキングを経て頂上に登頂した。 三浦雄一郎 氏の登頂が23日だからその2日前、同じ場所でのできごとだった。 ソ(徐)さんは34歳、釜慶大学校山岳部の出身で、8000m峰12座に登 頂した韓国気鋭の登山家だった。わたしが2008初冬の智異(チリ)山と 2011秋の徳裕(トギュ)山に登ったとき、二度とも同行してくださった。 わたしはミスターチョモランマと呼んでいた。山小屋で「雪岳山(ソラクサン) の歌」を歌った。山で遭難した友を偲ぶ歌だった。徳裕山ではアンナプルナ韓 国隊の遭難のニュースを携帯電話でうけていた。かれも誘われていたらしい。 漢拏山(ハルラ山・済州島)は冬が一番いい。合宿をしているから遊びに 来たら、一番高くて暖かいシュラフを貸す。そういわれたのに行けなかっ た。釜山の町でかれが奨めた靴とザックを買った。いまも使っている。チリ山ではわたしの右二人目(右端)に、トギュ山
ではわたしの左横に、かれがいる 。 徳裕山の写真で山の実(サルナシの一種)をみせる手はかれの手なの だ。アンナプルナ隊の遭難の話を聞いて、冒険家は冒険家である限りい つかは山で死ぬ。彼だけはそうではないことを願ったが、現実にはそう なってしまった。残念の極み、ただ冥福を祈るしかない。 左端
彼の手