佐賀県伊万里市山代町楠久津

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　高妻信哉　藤木道昭

 

一日の行動　　（調査日：2009年7月11日）

　10：45　楠久津公民館到着　　　

　11：00～12：20　聞き取り・・・主に地名について

　12：20～13：00　昼食（あちらの方が用意して下さった。ありがたい。）

　13：00～15：00　聞き取り再開・・・主に漁や風俗について

　15：15～16：20　本光寺にて聞き取り

 

話者

（公民館にて）　　　　　　　　　　　　　

楠久津区長　　　樋口　國昭氏　昭和14（1939）年生れ　　　　　

　　　　　　顧問　　　中島　正郎氏　昭和5（1930）年生れ

　　　　老人会長　　　山口　康博氏　昭和5（1930）年生れ

　　　　　区役員　　　掛橋　利美氏　昭和13（1938）年生れ

　　　　　区役員　　　福田　昭子氏　昭和12（1937）年生れ

住吉宮総代　　　小川　秀雄氏　昭和7（1932）年生れ

　（本光寺にて）

　　　　　　　住職　　　小島　宗光氏　昭和16（1941）年生れ

 

●聞き取った地名

御舟屋　オフナヤ

　　　藩政時代、佐賀藩がおいた水軍基地に由来する。付近一帯は、佐賀本藩の支藩である小城藩の所領だが、楠久津は佐賀本藩の直轄領であった。国吉丸という藩主の船が常駐していたと伺った。

　　一の坪　イチノツボ　

律令国家の下、班田収授がこの地で行われていたことに由来するという。周辺には「里　サト」、「二里　ニリ」、「大坪　オオツボ」、「五の坪　ゴノツボ」という同じく班田収授に関連する地名が残っているらしい。

　　上　カミ

　　　藩政時代の役所があったところらしい。

　　前平　マエビラ

　　　前述の役所の手前。

　　堂前　ドンマエ

　　　裏手の高台には、昔、大園寺（天台宗）という寺のお堂があったという。大園寺は周辺にあった他の三寺とともに江戸期に本光寺に統合された。

　　金辻　キンヅシ

　　　長崎出島出入りの商人屋敷が分かれてあり、その離れた屋敷を結ぶ小路はお金が頻繁に通ったことから。

　　辻　ツジ

　　　人通りの多い場所であったという。

　　渡島（渡頭？・渡通？）　トトウ　

　　　船着き場、埠頭があった場所。代官の通る石段もあった。言伝えでは、（鍋島の）殿様が通ったらしい。地元の方の間でも、異論あり。

　　番所の端　バンショノハタ

　　　伊万里焼、後には石炭を船出ししていた楠久津。そこに、佐賀藩が検疫、税関などの役割として設置した番所があったことから。風向きのいい時には、逃げる船（脱税者）もあり、そのような時には五ヶ山にある御花火山から花火が上がり、楠久津だけでなく周辺の久原や浦ノ崎、追崎からも船が出て、逃亡船を捕らえていたという。

　　後の浜　ウシロノハマ　　※裏浜（ウラハマ）ともいう。

　　五ヶ山　ゴカヤマ

　　大園　オオゾノ

　　又五郎山　マタゴロウヤマ

土場　ドバ

　　　干拓によりできた新田一帯に炭鉱から出たボタなどの廃棄物を捨てていた場所。広く新田一帯を指したりもする。

＜その他海に関する地名＞

スズメイワ

　　楠久津ではないが、楠久にあった磯の名。

　スクボ　

　　楠久津と越木島の間にある隠れ瀬。牡蠣などが採れたらしい。

地名とは別に、「一番珍しいのはね…」と前置きして言われたのが、番地のつけ方だった。番所の端にあるお宮（庚申さん、猿田彦命を祀る）のあるところが1番地で、そこから旧道に沿ってまず南側だけに番地をつける。そして、楠久との境界で折り返し、今度は北側に番地をつけていった。つまり、原則、旧道を挟んで向かいの番地は大きく異なる。そして、津では177番地で一応終わり、次は楠久川を挟んだ向こう側の干拓によってできた新田へと移るのだが、その新田は「ぜんぶ177番地ですよ。ぜーんぶ。」と言われた。ただし、単に177番地ではなく、「又177番地」といったらしい。近隣の東山代町里も、干拓した場所では又177番地が続いている。平成12（2000）年、「又」が廃止され、177－○○となっている。この枝番は新田をつくり、地主となった田尻、小島両家から分筆された順につけられたため、「この番地がね、整理がつかんわけよ。一番苦労さすとこ、よそのひとがね。」と中島さんが苦笑まぎれに言われた。

　さらに、住吉神社を中心に、北側を「後ろ」や「裏」、南側を「前」や「表」と言って指し、楠久のほうを「上」、番所の端のほうを「下」と言って表す。番所の端にある庚申さんは「下の宮」と呼んでいた。

 

●楠久津の歴史（～明治期）

　楠久津の近代以降の暮らしの様子に入る前に、本光寺で聞き取った内容をベースに明治期までの楠久津の歴史を隣の楠久や佐賀藩の歴史と関連して記述する。

 

　　そもそも、「楠久」という地名は、朝鮮半島の三国時代以前にあった加羅国語が語源で、「ク」は大きい、「スク」は城、囲いを表す。中世までは漢字をあてず仮名で記録されてきた。なので、「楠久」は当て字（もっとも、楠木が多かったため「楠」字をあてたという推測はある）。それに比べ、楠久津は新しく、津として使われるようになったのは、古いものは室町時代あたりで、松浦党が出入りした港だと推定されている。嵯峨源氏から８代目源久が松浦地方に下向したのが、松浦党の始まり。楠久津ではないが、７００年前には楠久城もあった。

天正４（１５７６）年、松浦党は竜造寺隆信に滅ぼされるが、航海技術を持つ人々の存在という背景の中で佐賀藩は楠久津を重要視する。文書には、寛文１３（１６３６）年、佐賀藩の御舟屋が設置されたとある。江戸期の楠久津は、佐賀本藩の直轄領で、鍋島水軍の拠点であった。明治維新を主導した薩長土肥だが、小島さん曰く、「（佐賀藩は）人間としてあんまりたいした働きはしていないんですよ。海外技術の開発が凄かった。」その財源が、伊万里湾であったという。有名な物としては伊万里焼。この頃はアヘン戦争で景徳鎮の窯から輸出できなくなった江戸後期。これが「バカ売れした。」という。伊万里の方は海が浅かったため、伊万里から小舟で楠久津まで持ってきて本船に積み替えた。さらに、石炭も大きい。伊万里湾周辺、特に山代から産出された石炭は楠久津からも船出しされ、イギリスが買い求めた。伊万里焼にしても、石炭にしても裏貿易だった。さらに、船団の従業員には給料を支払っていなかった。というのも、船を使うというのは参勤交代時か、長崎へ藩主が赴くときの荷物持ちくらいしかなかったからで、代わりにあとの多くの暇なときには、そういった公用船を使って漁をする許可をした。伊万里湾一帯の漁業権は楠久津が持っていたという。五島などでとれる鯛は、博多で高く売れ、生計を立てることができたが、幕末になると、忙しくなり漁ができない。これでは、生活ができない。そこで今度は、あわびやなまこ、ふかのひれなどを干した俵物をつくって生活したらしい。なので、江戸期において楠久津＝漁村というより、いわば、半漁士族の村であった。

　「当時、島津と佐賀だけですよ、すごい蒸気船の量を持っていたのは。」と小島さんは言われた。そして、その船団は楠久津の人々が中世から脈々と持っていた操船技術も含めて明治政府へそっくり献上され、日本の近代化へ結びついていく。

 

●楠久津の変容

楠久津は、昔から漁業の村という面が大きかったが、炭鉱による賑わいや干拓、埋立など、様々な時代が併存していたように思われる。公民館で聞き取ったことを中心に、いくつかのテーマに沿って、楠久津の変容を記述する。

 

１、漁村としての楠久津

・船について

　　　船の話は木造帆船（和船）から始めていただいたが、平成生まれの自分達は木造船自体見たことがない。そもそも和船の材料は、造船材といわれた杉の古木で、「山で倒してね、そして、それをある程度からかして、そうしてね、おがさんっておらした、昔。おがさんって木こり。それがね、山で10ｍも20ｍもあるとばさ、板にしよらしたわけよ、鋸で。それで、それをまた乾燥してさ、それをね、わっかもん（若者）の10人も15人もして、いのうてね（担いで）、そしてくだしよった。」と樋口さんはおっしゃった。それから、今度はその板から組み立てていく船大工がいたという。船首の湾曲部は、「熱か湯ばかけて、木をやわぅならかすとよ。そうして、じわっ、じわっ、じわっ、じわっ…と曲げる。」と、小川さんが手振りを交えて教えて下さった。木造船特有の継ぎ目については、「（板を）ぴしゃっとしてさ、そこに、のこの目をいれるとよ、ずーっと。それで、くずが今度はパッキンになってさ」「船釘を打ちよった」「塩水につけらすとね、ふくれあがってね（隙間を埋める）」「（水漏れ時は、まきはだ）杉ン皮の薄かとね」と、何段階にもなっていたようだ。伺いながら、昔の人の知恵に驚いていると、傍から「ようね、昔の人も考えとらすねぇ。」と同じ感想が地元の方からも漏れた。次に、船の値段は、「自分の家ば一軒造るくらいのね、値段はかかるって言いよらした。」と言われた。耐久年数は、各人の手入れにもよるが20年くらい。これには「20年とはいわんやろ。」など反論も出たが、一応の目安のようだ。外海へ向かう和船は、大きさ8ｍ、重さ2トン弱くらいだったらしい。

　　　次に上がったのが、「焼玉エンジン」だ。戦前には既に「太か船」にはついており、戦後には普及したらしい。高温に熱した「焼玉」に重油を噴射し、爆発させる内燃機関。「玉ば焼くとが時間がかかるわけよ。」「焼玉はせからしかもん。いざとなったら間に合わんけんね。」と、不便さが出てきた。

　　　その「焼玉エンジン」も長くはなかった。戦後しばらくして登場し、「ヤンマー」と呼ばれた、ディーゼルエンジンに取って代わられたのである。

　　　ただ、木造船が無くなったわけではないらしい。プラスチック船になったのはまだ後のようだった。もっとも、「木船はなかなか沈まん。」「プラスチック船よりは木船の方が波には乗りよかったね。」「プラスチックはあんま軽かけん、危なか。」と、木造船を懐かしむ声は強い。

・漁について

　　　先に述べた和船に4,5人乗り込み、楠久津の漁師は五島列島、壱岐対馬へ10日も20日もかかって漁に出た。冷蔵機能など無い時代、塩を大量に積み込み、釣った魚は塩漬けにして、保存。3,4隻でいくこともあったが、船団という船団は組まなかった。夜間にはカンテラ（ガスランプ）というガス灯を灯していたという。楠久津はほとんど鯛専門で、「楠久鯛」として有名だったらしい。普通は、はえ縄で漁をした。そのはえ縄とは、具体的には、150～200ｍのよま（釣り糸）に3,4ｍ間隔で、先に釣り針のついた1.5ｍ程度の糸を配置したものと伺った。それを3,4本、船につないで海中に流す。今でこそ機械で巻きとれるが、当時は手であげていたそうだ。また、はえ縄の管理は重要だったようで、戻ってくるたびにもつれた箇所をほどいて整理していたらしい。エサとして、油イカが話題に上ったが、「油イカんとは、うもうなかと言いよらしたもんね、くさかったから。」「油イカはいっとき禁止になったもんね。」と言われた。

　レーダーなどない昔、どのようにして自船の位置を知るのか尋ねてみた。灯台、山のかたち、２つの目印になるようなものを結んだ直線上など、自分なりに決めており、「人に言ったっちゃ分からっさんわけよ。」と言われた。しかし、これが意外と正確だったらしい。

漁師の間で使われた風の名称も聞き取れた。

ハヤンカゼ＝南風

コチカゼ＝東風

オキンカゼ＝北風　　注：「南がオキンとこもあるけん。」とのこと。

長い漁を終え、伊万里へ戻ってきた漁船は、牧島の向こうの築港で魚の陸揚げをした。魚市場もあったらしい。

明治14（1881）年、済州島沖まで漁に出ていた船が遭難したという記録もある。思わず、「済州島って韓国ですよね。」と言ったら、すかさず、「昔は日本じゃった。」と切り返された。（明治14年はまだ韓国併合前だが。）

　　・塩作りについて

さきほど、塩を積んで漁に出たと書いたが、終戦後はその塩も作っていたという話も伺った。「塩がね、戦時中に不足して、戦時中にはやかましかったもんね、作ったら。統制品やったけんが。」と中島さんが言われた。塩田があったわけではなく、「ドラム缶の半分かしたやつに焚きよったもん。」と海水を煮て、蒸発させて作っていたらしい。石炭が出ていたことも塩作りには貢献した。

　　

伊万里湾の漁業権は楠久津であり、湾内の釘島や越木島も楠久津だったらしい。昔は漁業に携わる人は皆、越木島の44カ所礼所巡りに行ったというが、現在では、年に1回有るか無いからしい。婦人は牡蠣などを採って生活を支えた。しかし、漁獲高の減少の中、現在は交付金と引き換えに漁業権を放棄し、「漁村としての楠久津」は地元の方にとっても少し遠い、昔話のように感じた。

 

２、炭鉱の村

・明治期まで

楠久津に炭鉱があったわけではない。炭鉱自体は周辺の山手にあったが、その作業員が暮らし、石炭の積出しを担ったりして、炭鉱とともに大いに賑わった。新田には社宅もあったらしい。戦後は、労働者として来た韓国人も見たとの話も伺った。

　　炭鉱として組織的な採掘がなされる前、楠久津を含む山代町では「燃える石」として石炭というものが、ごく日常的なものだった。これに目をつけたのが、佐賀藩だった。遅くとも天保年間（1830～44年）には、石炭採掘に膨大な税金をかけて一般人が掘れないようにし、特別な商人にだけ特許を与えて、幕府に内密に採掘していたらしい。明治になって、後に財閥となる大企業が石炭業界に手を伸ばす中、山代の石炭に参入してきたのは、地元周辺の比較的中小企業のような会社だった。石炭の採れる場所を知っているから、山という山に鍬を持っていって掘り出す、狸掘りだったらしい。

　　・「炭鉱サマサマ」

　　　　　大正6（1917）年、楠久炭鉱が開坑。他にも、山代、小岩、大久保、久原、国見、向山という炭鉱名も出た。戦時中に規模が拡大。山からロープウェイのようにしてケーブルで下ろし、トロッコで輸送。楠久津で船に積み替た。「気帆船の30（隻）くらいのがずーっと入って、石炭船の積出しば待っとらしたもんね。」1000トン級の鉄船も入っていたらしい。配炭公団という石炭分配の国の機関があり、その公団から許可をもらって船に積み、京阪神へ送り出した。それから、往時の賑わいの様子の話が次々と出てきた。

　　　　「（炭鉱に勤める家は）家族から子供から何から、金をね、親父が派手にやりよったけんね、物が売れるしさ…」

「楠久津のこめか（狭い）部落にパチンコ屋の4軒かあったけんねぇ。」さらに、ビンゴ店もあった。

「山代座」という回り舞台を備えた劇場もあったらしい。「ふとっかったぁー。」「伊万里んとよりふとかったもんね。」あちこちで声が上がる。

「それから、食べモン屋ね、食べモン屋もいっぱいあったね。」八百屋や鮮魚店、駄菓子屋など、個人の家でしていたらしい。

自宅にも風呂はあったが、炭鉱の銭湯にも通ったらしい。

「女郎屋もいくらでんあった。あんたたち女郎屋って言ったっちゃわからんど。」その場にいた唯一の女性である福田さんが笑いながら言われ、男性陣も笑いながら、駅前や道向こうにあったやらで、小盛上り。注釈を付けておくが、周辺を含めて「いくらでも」あったわけで、楠久津には数軒だったという。昭和32（1957）年、禁止された。

「俺がね（給料が）3千円くらいのときね、向こう（坑夫）は3万円くらいとりよった。」「うらやましかったねぇ。」と、当時、郵便局長であった方でさえもヤマの豪勢さを語られた。

人の多さも目立ったという。当時、楠久津を含む山代町の人口は2万人。山代中学校は最高時1800人。樋口さんのころ、1クラス50人くらいの7組で1学年。これは西中学校と合併して山代中学校となる以前の東中学校だけの数字だ。もっとも、現在と比較して、出生率が桁外れに高かったこともある。中島さんは5人兄弟だが、少ないほうだったという。「隣は10人、10人おらした。」

人が集落内を行き交い、夜には酔っぱらいも出たりして、喧嘩もあった。話の途中途中に、「景気が良かった」「賑わった」「炭鉱景気」などの形容が必ずと言っていいほど出てきた。路地を歩いていると、人の声が聞こえてこないなどありえなかったようだ。

「あん時分は炭鉱サマサマやったけんねぇ。」当時の賑わいを懐かしむ印象的な言葉だ。

　　・閉山

　　　　　昭和43（1968）年、楠久、国見炭鉱の閉山で、山代地区の炭鉱はすべて閉山した。それからは、端的に言うと、「景気が悪うなった。」という。劇場はつぶれた。

人口は減った。昭和29（1954）年、山代町と伊万里町が合併する際、東山代村と合併したかった山代町では反対もあった。その2町村だけで、当時は3万人以上かかえていた。そのとき、伊万里から説明に来た人が言うには、「将来ね、（人口が）少なくなって。絶対少なくなるけんね。だいたい炭鉱は持てん（もたない）って、これ以上。そんで人口もごろって減らすって。」そう言われた後、中島さんは付け足した。「ほんなごつなったけんね。」現在山代町の人口は6000人を切っている。先ほどの山代中学校は、現在全校で200人程度になり、あまり子供を見なくなったらしい。楠久津自体は、新田ができたこともあってそれほど人口は減っていないというが、それでもここ20年で200人くらい減っているらしい。現在楠久津は500人を切っている。

 

３、干拓と埋立

　幕末以降、楠久津では継続的に干拓や埋立が行われてきた。もともと、新田周辺もすべて海で、楠久津は山手から伸びてきた半島、岬のような地形であった。津と新田とを隔てる楠久川も人工の川である。明治初期、秩禄処分でまとまった現金を手に入れた士族によって始められたが、失敗。いわゆる武士の商法になってしまった。次に、中酒屋の松本与右エ門が引き継いだが、二間井樋（＝3.6ｍの樋門）の造成失敗と資金難で挫折。その中酒屋があった場所に、この話を聞いた公民館が建っている。最終的に、田尻武七と小島金八によって明治28（1895）年に完成した。その後10年間は米は作れなかったという。現在でも、新田には田尻、小島両家の土地が多く残っている。

　干拓したとはいえ、未だに新田は沼状の部分がほとんどだった。そこへ、炭鉱から出た廃棄物を上乗せするかたちで捨てていった。これが、新田が「土場」と呼ばれた所以である。大部分を水田として使えるようになったのは戦後ではなかったかと、本光寺で伺った。「新田っちゅのあっとも知らんかった。」と言われる方も。新田より土場の方が、馴染み深かかったようだ。戦後の農地改革で土地を手放した地主は、干拓地内の遊水地を埋め立てることで失地分を取り戻そうとした。そのため、調水機能が低下し、新田では浸水することもしばしばで、現在でも、大雨が降ると国道204号線などは冠水するという。

　新田とは反対方向、地元の方の言う「後ろ」のほうでも国や県の主導で埋立が行われ、工業団地が造成された。公民館の方々からは、55年前、つまり1954年くらいのことだと伺った。魚は獲れなくなり、海の潮の流れそのものも変わり、それで気候も変わった。現在、埋立て喜んでいる住民はあまりいないのではないかという指摘もある。

伊万里湾も狭くなった。昔の三分の一くらい。そう言われた地元の方も、埋立をあまり喜んでいない一人ではないだろうか。

 

●楠久津の暮らし

　前章で、楠久津の変容とともに一応、楠久津の人々の生活にもふれたが、ここでは、前章で扱っていない、より日常的なことについて記述する。

　　・飲料水

　　　　　海に突き出ていた楠久津では、飲み水に不自由した。井戸水はほとんど塩辛く、越木島や、山手のほうへ水を汲みに行ったらしい。「並んで、朝早よう、暗かうち、子供ながらに汲みにいきよったと。」と、思い出を語る福田さん。楠久津では、高台の裏側にある五ヶ山で飲み水が出ていた。現在は使われていない。

　　・年中行事

　　　　＜住吉神社＞

　　　　　　　住吉神社は、朝鮮出兵時に小西行長が海上の守護神として建立したとの記録がある。行長は、関ヶ原の戦いで西軍に属したため、斬首されたが、江戸初期、その子孫が小をとり、西姓で、牧島を根拠地に通行料をとるなどの海賊行為をしていた。その西氏が建てたのが、住吉神社の隣にある賢海寺で、地元の方は海賊寺と呼んでいる。

三大祭り…1月16日（春祭り）、7月16日（夏祭り）

10月8,9,10日（秋祭り＝おくんち）

　　　　　　　　昔、くんちは10月7,8,9日で、7日は東山代の野菜市、8日は楠久津で市が立ち、山手の方から持ってきた野菜と楠久津の魚を物々交換し、出店が並んだ。楠久鯛にちなんで、「鯛」の曳山を担いで練り歩いた。

　　　　　お巡り…春分、秋分の日に、住吉神社の隣にある観音さん（中国から長崎経由で渡ってきたもの）へ巡礼する。昔は、観音堂で、若いお嫁さんたちが集まって、普段は言えない姑の悪口を言い合ったらしい。

　　　　＜三社祭り＞

　　　　　　　　恵比寿さん、小佐倉（稲荷）さん、金毘羅さんの三社。元来、昔から3社別々にあった祭りを、恵比寿祭りを中心に3,40年前に統合。4月10日に行われるが、恵比寿さんでは子供相撲が今でも続いている。　

　　　　＜庚申さん＞

　　　　　　　　道教からきた風習で、干支の庚申の夜に人間の体内にいる３匹の虫が、寝ている間に体内を抜け出し、天帝にその人の罪悪を報告するという信仰から、7月15日は下の宮に集まり、一晩明かす。

　　　　　　　

 

おわりに（感想など）

　　　全く知らない地元の方6人と、同じく向こうからすれば全く知らない大学1年生である自分ら2人が、一度も来たことのない土地で1つ屋根の下4時間以上、話をする―こんな経験は初めてで、これからもそうないだろう。決まり文句のようだが、事実、最初は不安だった。しかし、地元の方々は懐かしそうに、笑いを交えて話されるのを聞くのは、おもしろかった。楠久津の変わりようの激しさに驚きも多かった。消える恐れ大の地域の歴史を記録し、保存する。このことの重要性を痛感した、貴重な体験だったと思う。