山代町東分(ヒガシブン)　歴史の認識レポート

 

 

●調査者

　上山　真友菜

　岩本　朝子

 

●お話を伺った方々

　金子　汎佑さん　(昭和１９年生まれ)

　松永　吉三郎さん(大正１５年生まれ)

　前田　義郎さん　(昭和１３年生まれ)

 

●当日の記録　　2009．6.27

　8：15　九大学研都市駅前集合，バスに乗車。

　10：30頃　浦ノ崎公民館に到着

～聞き取り調査、現地見学など～

　16；45頃　迎えのバスに乗車。

　18：30頃　九大学研都市駅前、下車。

 

　バスに揺られること約２時間、予定より早く浦ノ崎公民館に到着した。山代町の方々はここに集まってこられるようだ。私たちは地図をもとに場所を尋ねるということにかなり不安を感じていたので、山代町のみなさんの配慮にはとても感謝した。机、座布団だしを手伝い、金子さんたちの到着を待った。やってこられた3人の方は、みな優しそうな印象の方々で、ほっとした。

　私たちの聞き取りに対する回答は、主に最年長である松永さんがおこなってくださった。以下は聞き取り結果のまとめである。

 

 

●山代町東分地区について

・山代町東分(ヒガシブン)地区は、佐賀県の西端に位置する。

・山代町のもともとの名称は西松浦郡西山代村という。昭和11年に町制施行によって山代町となり、その後周辺の2町7村と合併して現在は伊万里市山代町となっている。

・この東分地区では以前は主に板木地区に集落が集まっていた。しかし、近くを流れる菅田川の影響か、地滑りを起こし、被害が出た。これに対して、昭和２６〜２８年ごろに堰堤護岸工事がおこなわれ、地滑りは止まった。

・また、御山・七田・尾ノ上地区において、採炭によって地盤が沈下し、田んぼがデコボコになるという被害が生じたため、平成7,8年に国による鉱害復旧工事がおこなわれた。

・隣の野々頭(ノノトウ、通称ノントウ)も昔は東分だったそうだが、間に川があったことや水利権をめぐる争いなどが原因で分裂してしまったそうだ。東分地区はため池が４つもあり農業には有利な半面、それらのため池の維持は大変であったことも原因のひとつのようだ。もちろんそれは昔の話であって、現在の関係は良好であるとのことだ。

 

●しこな、あざなについて

　東分地区は、昔からの呼び名が、そのまま地名として残っているので、しこなとよべるものはあまりないようである。参考として、以下小字を挙げる。

 

磯道(イソミチ)　　東川(ヒガシガワ)　　下古場(シモコバ)　　板木(イタギ)

川副(カワゾエ)　　室(ムル)　　俵角(タワラガク)　　後古場(ウシロコバ)

栗山(クリヤマ)　　尾ノ上(オノウエ)　　柏木(カシワギ)　　水除(ミズヨケ)

田迎(タムカエ)　　小田代(コタシロ)　　上松(カンマツ)　　七田(シチダ)

御山(ゴウヤマ)　　中野原(ナカノハラ)　　大切(オオギリ)　　菅田(スゲタ)

道越(ミチゴシ)　　大丸田(オオマルタ)

 

・コバ地名が２つあったため焼畑についてきいてみたが、とくになかったようであり、実際この地域はほとんど水田であった。またほかの地区にもコバとつくところがあるが、松永さんによると、コバがつくところは街ではなく、山の地区に多いようである、そのようなイメージであるということだ。

・七田は「田」がつくが、山の土地である。

・また東分地区ではないが、隣の久原地区の馬洗川(マライガワ)では、近くにお城があり(城山【シロヤマ】)、そこの馬を洗っていたことから来た地名ではないかといわれているそうだ。この近くに川はなく池のみである。

・池などについて、七田の新池は昔「宮田」という名前で、今もその土地の人はそう呼んでいるそうだ。東分地区では池のことを｢つつみ｣と呼んでいる (ミヤタノツツミなど) 。また、隣の地区の太田に記載のある「田代池」は、太田池の間違いであることもわかった。

 

●昔の暮らしについて

 

◎水に関すること

このあたりに流れる川は菅田川しかなかったため、農業用水はため池に頼らざるを得なかったということだ。宮田池(新池)、長田池、大丸田池、田代池のほかに、長田池と田代池の間にあるらしい菰田池(コモダノツツミ)(ただし場所についての確信は持てないとのことを繰り返しおっしゃった。) をおもな水源としていた。

 

◎宗教的慣習について

 

○東分地区には、数多くの宮・神社がある。

　天神宮(菅田)　　大神宮(大丸田)　　大日宮(俵角)

　　吉松稲荷(七田)　　滝森稲荷(上松)　　八幡神社(道越)

　　阿弥陀仏(室)　　薬師如来(中野原)　　弘法大師(上松)

　また、上松・尾ノ上の境付近に共同墓地があるという。

これらの宮・神社での年中行事も盛んだった。

夏祭り・秋祭り

八幡神社に年2回参詣する。夏祭り(灯籠祭り)は8月中旬に行われ、灯籠に灯をともして(とうらかし【灯籠明かし】)豊作を祈願し、秋祭りで豊作に感謝するという。

伊勢講さん

　紀元節に当たる2月11日におこなわれるものだそうだ。

御日待

　神社に集まって夜通し飲み明かし(朝日を待つ→日を待つ、か)、豊作を祈るというものである。

村祈禱

　4月に村の人々が公民館に集まって、背中を叩いておまじないをし、伝染病の予防をねがうというものだということだ。

お正月

　こんなに年中行事があるのだから、お正月もきっと集まるのだろうと思ってきいてみたのだが、意外なことにお正月はそれぞれの家で行うそうだ。ただし、しめ縄づくりなど、お正月を迎える準備は共同で行ったそうである。

 

○雨乞い

　何年かに干ばつがおこるため、鉦や笛、太鼓を使って雨乞いをおこなっていた(フリュウ；風流か)。当時の田の水路は現在と異なり土を固めて作ってあったため、流れる水の約80パーセントは目的地に着く前に漏れてしまい、どうしても恒常的に水不足に陥りやすかったという。

 

◎農業に関すること

 

○牛馬

昔は現在のような機械もなく、牛馬耕が主流だった。また馬に米を下げて市まで売りに行くなど、輸送手段としても使用されていた。蹄鉄もしてあった。馬はたまに川で洗い、餌は牛馬ともに草やわらなどを与えていた。また芋づるなどをたべさせるとガスがたまりやすいそうだ。ときには病気にかかることもあったが回復は早かったという。なかなか治らないときは医者を呼んだ。

牡牛(コッテ牛)のなかには暴れ牛もいて、そのような牛は去勢をしておとなしくさせたという。対処法としては去勢が一番であるとのことだ。また、雌牛はウノ牛とよんでいた。手綱は一本で、牛の右側に垂らし、牛を右に曲げたいときは「コシ、コシ」といいながら手綱をひき、左に曲げたいときは「トウ、トウ」といいながら手綱で牛をかるくたたいたという。牛は一家に大体1頭しかいなかったので特に名前をつけることはなかったということだ。

 

○共同作業

　一般には結とかもやいとか呼ばれている共同作業であるが、この地域では「いい(いー)」と呼ばれていたそうだ。内容としては、主に田植えや田の草取りをみんなで協力して行っていたとのことだ。

 

○さのぼり

　田植え終わりのうちあげのことをさのぼりとよんでいた。語源は不明である。ドブロク片手にどんちゃん騒ぎだったそうだ。それくらい騒ぎたくなるほどに田植えは大変なものであったという。

 

○早乙女

　お手伝いさんではなく、田植えをする女性全般を早乙女と呼んだ。しかし松永さんは「早乙女なんて呼ばれるのは本当の百姓じゃないですよ」といい形式的なものになっていたことも話してくださった。

 

○お米の保存方法

　収穫されたお米は、ブリキの缶に入れて保存された。こうすることで、害虫が付きにくく、また湿気も防ぐことができるそうだ。

 

◎村の日常

 

○野草

　近くに生えているわらび・すわ・たけのこなどはよく食べたようである。また、薬草などとしてドクダミやヨモギなども食されていた。

 

○夜這い

　話をうかがった3人の方々のころ、夜這いはあまりされていなかったようである。ただ、「あかせん」という売春宿があったそうで「一夜だけのつきあいで気持ちが通じ合えばそれで終わり」というようなものであったそうだと松永さんは語ってくれた。あかせんは昭和33年４月で廃止された。

　また当時の恋愛について、恋愛そのものは現在と同じであるが、「今と比べて恋愛の喜び、楽しみが大きかったかもしれない」とおっしゃった。当時はまだ親の力が強く、（「育ててくれたのは親だからね」「子を思ゆえの親心」とおっしゃった）両性の合意のみではなかなか結婚が成立しなかったという。

 

○青年宿

　正式な青年宿といったものはなかったが、かわりに民家の空き家などに青年らがたまっていたそうだ。自分の家があってもそこに泊まっていたということだ。そのなかで夜這いにいこうかということになり行った人もいるかもしれない、ともおっしゃっていた。

 

 

以上が聞き取り調査の結果のまとめである。

 

 

これらの聞き取りが終わったあと、金子さんたちは私たちを実際に東分地区に連れて行ってくださった。調査の中で出てきたいくつかの神社やため池、それに鉱害復旧工事によって整備された棚田などを実際に見ることができた。空気もきれいだった。

 

　再び浦ノ崎公民館に戻り、迎えのバスを待つこととなった。山代町の方たちは集まって雑談を始めた。その際に農村の人手不足の話になり、昔東分から分裂した野々頭の方が、「またお互い合併しようかね」と東分の方々に話しておられた。昔ながらの慣習が多く残っており、今のところやっていけているこの地域であるが、やはり過疎化の影響は大きく、限界を感じているようであった。

 

 

●調査を終えて

 

　今回の調査を通じて、第一の目的であるしこ名調査はできなかったが、かわりに昔の人々の、一部は現在まで続くような暮らしぶりを知ることができた。非常に貴重な経験ができたと思う。聞き取りに答えてくれた３人の方々は、「○○があったのは昭和△△年のことですわ。」などと、出来事の具体的な年代まで詳しく記憶していらして、とても驚いたとともに、調査を円滑に進めることができた。実際に現地に赴くまではかなり不安であったが、いざ聞き取りを始めるととても興味深い話が多く、たくさんのことを吸収できたと思う。貴重な経験を与えてくださった東分地区の３人の方々に感謝するとともに、これからに生かしていきたいと思う。