歴史の認識

佐賀県玄海町浜野浦地区現地調査レポート

 

１年 　栄留　卓哉

１年 　矢野　貴寛

１年 　山根　賢典

�氈D浜野浦地区について

��．浜野浦地区の農業

�｡．区長さんの話

�｢．感想

１． 浜野浦地区の概要

本町の北西部に位置し、上場台地の西側の緩斜面にあり、海抜25メートルの台地は海岸の縁まで迫っている。北は平尾、東は大字今村の堤田地域、南は大園に接し、西部は広大な玄海灘が広がっている。
  北側が高く、南側には浜野浦川が流れ、深い谷をつくっている。その谷間に大小の棚田や段々畑が台地の上から海岸線まで広がり、長倉溜など中小の溜池や浜野浦川が水源として利用されている。
  道路は「国道204号線」がほぼ中心を南北に走って、平成６年(1994)から大字今村の字仮立から浜野浦まで改良工事がされて直進できるようになった。
民家が字クツ越、字下川の台地の南斜面に細長く約30数戸点在しついる農村集落である。

 

２． 地名のおこり

「はま(浜)」は海岸、河岸の意に多く使われるが、本義はガケとか急斜面になっている岸の意味が転じて、ガケや急斜面でない岸になったとある(『地名語源辞典』)。「うら(浦)」は湾や入り江、海岸の意。「の(野)」は穏やかな丘や傾斜地を意味する(『日本姓氏大辞典解説編』)。浜野浦の地名は急斜面になっている海岸、穏やかな丘、入り江のある集落ということで付けられたと考えられる。
  集落名は、江戸期から「浜ノ浦」「浜浦」「浜野浦」など古文書に記載されているが、近年は「浜野浦」と書かれている。呼称としては「ハマンダ」といっている人も少なくない。

 

３． 集落のあゆみ

約六百数十年前の南北朝期には、現在の玄海町一帯は、松浦党一族の佐志氏の領地であったことが正和2年(1313)の「佐志浄覚拳譲状案」(有浦家文書)などで比定される。江戸時代からは唐津藩領に属し、元和2年(1616)の「検地帳」(名護屋松尾文書)に「浜ノ浦村 一七六石六斗八升」と村高があることから集落の成立が確認できる。江戸期後半の文化年間(1804～18)の「松浦拾風土記」には「浜浦村 田畑高一七七石七斗四升一合、家数四二軒」とある。藩では庄屋制がとられたが、浜野浦村にいつごろから置かれたかは不詳だが、正徳年間(1711～16)に前田利平治、文化年間に神田惣助などの庄屋が確認されている。また、組村制もとられ、値賀(今村)組に属した。唐津藩主は寺沢氏から一時期幕府領になり、大久保氏、松平氏、土井氏、水野氏、小笠原氏を経て明治を迎えた。
明治4年(1871)の廃藩置県で唐津藩は唐津県になり、その後伊万里県、佐賀県、三潴県、長崎県などを経て明治16年に再び佐賀県になった。明治15年の『郡村誌第二』には「浜ノ浦村 戸数本籍三三戸、神社一戸、総計三十四戸」とある。しかし、明治22年の町村制施行で集落単位の村は統合され、浜野浦村などは値賀村に属し、昭和31年(1956)9月30日に有浦村とが合併し「玄海町」になり現在に至っている。

 

浜野浦地区の農業はおもに稲作農業である。

 

【水利】　浜野浦は農業用水に恵まれてなかった。それで三カ所のため池に依存する割合が高かった。ため池は耕地組合によって管理され、一つのため池毎に水番一人を決めて水の分配をする。

 

【品種】　早稲としては農林22号・12号が栽培されていた。22号は唐津くんちのころから収穫にかかった。晩熟としては農林18号が主なものであった。22号の前にはヒノデが栽培されていた。その他シントク・アサヒ・シンザンという品種が栽培されていた。

 

【選種】　種籾は塩水選をしていた。塩水に籾をいれて沈んだものを種籾にしていた。塩分濃度は勘でやっていた。塩水からあげて真水で洗うために浜でこの作業をしていた。浜の川で洗うためである。

 

【浸種】　浜野川で洗った種籾をカマズトに詰めて1週間ほど川の水などに浸していた。

 

【苗代】　苗代のことをノーシロという。水利の便の良い本田の一角に設けていた。苗代田は固定していた。畝幅は4尺内外で、溝幅は1尺とっていた。播種量は反当り3升5合～4升とされていた。現在は2升程度である。籾を播くのは5月20日ごろである。かつて苗は四十日苗といわれ、40日はおいていた。それで田植えに合わせて5月20日に播種していた。苗代の苗についた害虫駆除として、メイラントリ（螟卵取り）といい、螟虫や螟虫の卵を小学生がとっていた。これは、学校行事の一環として実施されていた。採取した卵は学校に提出していた。毎年実施していたわけではないが、イナゴが発生すると網でイナゴをとっていた。本田でイナゴをとることはなかった。農薬が普及してからイナゴは発生しなくなった。また、苗代には夕方になると誘蛾灯を灯していた。石油ランプを使用していた。火を灯しにいくのは小学生の仕事であった。湿田のことをフケタという。フケタとは一年中水の浸っている田のことを指す。ここにもあった。フケタにはビルが多いが、ここの田にはいない。土壌が違うためではないかといわれている。なお天神様はビルが好きといわれている。

 

【本田耕起】　本田耕起のことをハルタオコシといい、犂を牛にひかせていった。田にはレンゲを栽培していた。レンゲが大きくなった4月に入ってから耕起していた。レンゲは牛の飼料にもなっていた。耕起の方法には水をかけてから耕起するミズカケと、水をかけないカラズキという2つの方法があった。そして、田茅を敷きこんだ。ソラマメやエンドウも栽培して飼料として敷きこんでいた。耕深は5寸であった。犂はモッタテ犂であった。戦後になって松山犂になった。これは刃部が調節できるもので、昭和28年ごろまで利用していた。シロカキは1回である。田茅やアザミを踏み込んだ。

 

【田植え】　田植え前に苗取りをする。田植えする日の午前中である。とった苗は牛で田まで運んだ。苗取りには上手下手があり、下手な人がとると根がばらけて植えにくくなる。田植えは正条植であった。ジワリをしてケタウエをしていた。ケタウエしていたころの作業量は1人1日2畝であった。植え方はできるだけ浅く植える方がよいとされ、「深植えすると繁昌せん」と言われていた。根を曲げて植えてはいけないともいわれ、まっすぐ植えるようにした。植える量は1畝に30と言っていた。今は20である。株間は7寸5分内外であった。

 

【除草】　除草は田植え後しばらくしてオシガンズメで縦横に押して除草した。これは中耕を兼ねてなされる作業であった。そのあと、手で1～2回除草していた。除草は出穂時までに終わらせる。出穂時は田にできるだけ入らない方がよいとされていた。ただ、ヒエ（稗）はヒエキリといい、生えていれば収穫直前であっても抜いていた。このような穂は枯らして焼却していた。そうしないと、来年も生えてくるからである。

 

【害虫駆除】　本田の害虫駆除には鯨油を用いるアブラコロシが主なものであった。油による駆除は昭和二十三、四年ごろまで行われていた。鯨肉を購入してきて、これを煎じて油を採取しこれを田にまいた。鯨油を使用したのは裕福な階層で、一般農家では廃油を利用することが多かったという。駆除用の除虫油というものもあった。この油による駆除は虫の発生状況によって行う回数は異なっていた。苗がまだ小さいときは油を水面に垂らしてから箒のようなもので稲の上を撫でて虫を水面に落とした。苗が成長してきたら、ホテという、藁を竹の先に巻きつけたもので水を掻き混ぜて稲についている虫にかけて落とす方法が採られていた。この油による駆除は早朝がよいとされていた。水が冷えているときは油がよく散るし、虫も羽がぬれていて飛べないから都合がよかったからである。

 

【収穫】　収穫時期は早稲なら10月初旬、中生は10月中旬、晩生は11月になっていた。収穫にはカマ（鎌）を用いていた。刈った稲は切り株の上に寝かせていった。3日間程度おいて乾燥させた。カリボシという。乾燥させた稲は6～10把くらいに束ねてこづんでおく。それから脱穀した。

 

【脱穀】　脱穀には足踏み脱穀機を用いていた。足踏み脱穀機は二人用のものであった。周囲には籾が飛び散らないように幕を張った。幕は5月の初節供に飾った幟や麻袋をつなぎ合わせて作った。センバ（千歯）を使用した経験はないという。ただし、種籾の脱穀には千歯を利用することはあった。

 

【乾燥】　脱穀した籾をカズラオトシでふるってからカマス（叺）に詰めて家に持ち帰った。持ち帰った籾はトウミ（唐箕）で選別してから庭にネキブキを敷いてその上に広げて乾燥させた。

 

【収穫】　収穫量は反当り7俵程度が普通であった。良い年は8俵とれることもあった。もっとも、田の良し悪しによって収穫量は大きく変わった。

 

 

 

浜野浦地区における現地調査の一環として、浜野浦区長の吉田喜人さんにお話を伺った。

 

【名前の由来】　今の人は誰も聞いておらず、文献を参照しなければ分からない。

 

【住人】浜野浦地区の大半は吉田家と松本家である。どちらの家系も京都からの落ち武者の子孫にあたる。ただ、吉田さん家は寺が焼けたため、そこにあった先祖代々の記録「カコチョウ」がなくなり、先祖はわかっていない。

 

【農業】吉田さんのお宅では先祖代々、浜野浦で農業を営んでいる。しかし水田には広さがなく、稲作だけでは生活できないため、稲作を副業として、主にイチゴ栽培をされている。浜野浦のほとんどの方は専業農家であり、他の人々も稲作＋αで生活している。＋αの農業はそれぞれの家庭で異なり、酪農1軒、ハウスみかん5軒、いちご5軒、あとは玉ねぎを栽培している。また農業ではなく、唐津などへ仕事に行く人もいる。

 

【浜野浦の棚田】浜野浦の棚田はその美しい景観から「棚田百選」に選ばれ、「恋人の聖地」といった観光スポットにもなっている。（図１、２）しかしその美しい景観を維持するため、水田を拡大することができず、農家の方々にとっては実際不便だという。また、吉田さんの家の前の水田は小さな棚田を整備し拡大したものであるが、それでも狭い。（図３）

 

 

 

 

 

 

 

 

【山の名前】通り道（こあざ）で分けられる。

クツ越、長倉、松ノ尾（マツノ）、下ノ尾（シタオ）、高木場（タカコバ）、丸尾、笠山、下川（シモガワ）、西浦、先べ（サクベ）、コウヨケ（大園の方）、先上場（サキウワバ）

 

【祭り・行事】

的射…鬼の目または鬼という字を書いた的を弓で射る。（図４）

亥の子…今はしていない。しかしほかの地区ではやっているかもしれない。（図５）

神社で年に三回お祭り…春・夏・秋祭り「大祭」

マルクマで子供たちがごはん、煮しめ、酢の物を分けて食べる。

ホウケンギョウ…お守りや神棚に供えているものを焼く。（図６）

ハツカサマ（二十日様？）…毎月20日に神様を祀る。自分たちの健康を祈る。

豆ごはんを食べに行く（区長さんの幼少時代）…健康を願うために行う。

現在、小さな行事はどんどんなくなってきている。集落の高齢化よりも日曜日以外は会社を休めず、行事に参加できる人が減ったのが一番大きな理由だという。

図　６

【奇妙な名前】

ある一つの家を中心としてその周りの家に名前が付けられる。以下の図はその一例である。

			うっつぉん
					東
			松本家先祖

 

 

 

 

 

 

 

マルクマ…区長さんの近所の五軒。

 

【通りの名前】

下せん、上せん（公民館で分かれる）、マルクマせん（区長さんの家の前の道）

石碑…落ち武者を祀っている「きしだけ」荒い神様

大年神社…行事を行う（的射・大祭など）

 

 

　自分の祖父母が農業を営んでいることもあり、区長さんの稲作だけで生計を立てることができないという現実は、痛いほどよくわかる。さらにこの浜野浦地区における稲作は、米の収穫という点においては効率の悪い棚田で、景観保護の観点から行われるものであり、区長さんら浜野浦地区の方々のご苦労は計り知れない。浜野浦地区に到着し、初めに観た棚田にはその美しい景観に酔いしれるだけであったが、区長さんの話を聞いて、美しさの陰に隠された、人々の苦労を知り、自分の無知を恥ずかしくさえ思った。（栄留）

 

地域に独特の地名や呼び名はほとんど見つからなかった。しかし、その代わりに実感したことがある。「稲作だけでは生計を立てることはできない」というように浜野浦の人は言っていたが、生計を立てるための一部分にもこれほどの労力をつぎ込まなければならず、さらに、稲作がおこなわれる場所が棚田であることなどから、浜野浦の人々は農業に対して多大な労力を費やしていることを知った。（矢野）

 

棚田の景観一つとってもそれに対する見方は人それぞれで、観光面でとらえればいいのかもしれないが、農業面でみるとどうなのだろうか、とか、ただただそれに圧倒されるのか、それともたかが田舎の風景だと思うのか、改めてその価値観が違うのだなというのを感じた。また、一番印象に残っているのは、区長さんが言っていた、自分たちにとっては当たり前のことだから、他の地域の人、調べる僕たち自身が見つけていかなければいけない、という言葉だ。よくよく考えると当たり前のことなのだが、考えさせられた。他の人、他の地域、他の文化を学ぶ時、自分で当たり前だと思っていることが存在し、それを意識して、調べていくことが必要なのだとあらためて認識させられた。また、久しぶりに田舎の空気を肌に感じることができ、体も心もリフレッシュできた。（山根）