「歩いて歴史を考える」レポート

九州大学工学部2年　下川弘宣

九州大学医学部1年　中川兼康

調査場所　西有田町　上山谷

調査日　　平成11年7月10日

 

序論

　当日(平成11年7月10日)、天気予報は「曇り」であった。最近の天気予報は外れることが多く念のため傘と日よけの帽子を両方携帯していった。しかし、その日はみごとに「曇り」一色だったのである。また、山間部であるためか、福岡よりも気温が低く、過ごしやすい一日だった。

　唐船橋付近の交差点でバスから降りたのは11時30分だった。その交差点横にある食べ物屋「喜楽」で、中川はラーメン(とんこつ)を、下川はちゃんぽんを食す。ほかのお客も入り始めた12時15分ころその店をでる。

　さて、「喜楽」を出て私たちはふと困った。これから伺おうとしている上山谷区長の佐藤和久さんのお宅の位置を全く把握していなかったのだ。地図を見ると、住宅が固まっている場所を見つけた。(これが、「ムランナカ(詳しくは後述)」である。)　その中に、公民館の記号を見つける。ひとまず、そこまで行ってみようということになった。

　あたりは典型的な田園風景であった。田畑が広がり、民家が遠くに固まって見える。アスファルト舗装された道路の歩道にはミミズが干からびている。不意に目の前を大きなアゲハチョウが横切り、ドキッとする。トンボが複眼に映る不意の侵入者に驚いて飛び去っていく・・・。道はだんだんと坂道になってきた。そういえば、遠くに見える山はかなり高く、幾層にも重なり合って曇り空の下に幻想的な光景を創り出している。

　途中十何軒かある家の表札はいずれも「佐藤」さんではなかった。(一軒一軒探していること自体おかしな話だが。)　20分後、公民館に着く。しかし、施錠されて中はがらんとしており(もちろん誰もおらず)なにもわかりそうにない。もう、そのへんで人に尋ねながら行くしかない。約束の時間の午後1時に間に合うかどうか非常に危険な状況である。そう考えて、もう一度歩き始めたその時、「九州大学の人ですか？」と前方から声をかけられた。そう、その人こそ今回大変お世話になった佐藤和久さん本人であったのだ。佐藤さんのお宅は公民館から歩いてすぐの場所だったのだ。

　稀有の幸運に感謝しながら、佐藤さんに挨拶する。佐藤さんは昭和２３年の生まれ。剣道の有段者であり、また地元の福祉などにも貢献されており、そのような賞状が仏間に所狭しと掲げられていた。

　今回の調査では佐藤さんからお話を伺った。以下の調査内容はすべて佐藤さん(昭和２３年生)から伺った話をもとに構成したものである。

 

・上山谷の概況

現在78戸

田は40町、半分は整備済み

石の棚田が多い(江戸末期から明治の始めに作られたのではないか)

現在、専業農家はいない

ブロイラー・和牛の飼育を行っている。

西有田のなかで、玉ねぎ、高菜の収穫量が最大。

米は主にヒノヒカリ(コシヒカリも作っている)

 

・昔の村の様子

百姓がほとんど

現金収入・・・藁で筵、米俵などをつくる家内工業

*焼き物はあまりしない。

 

・集落の境界について

　昔は山谷に6つの集落があった。その中心は上山谷、下山谷(あわせて山谷)であった。村の境界は明確に決まっているわけではない。水源、すなわち使用する川の管轄は厳密に決められており、それが事実上の村の区別となるわけである。

上山谷はこの地方の中心として、主な水源を取り仕切っていたのである。

また、地図上の村の範囲以外にも、上山谷が管轄している場所がある。地図にしるした、「大日杉」とは、樹齢400年といわれる町の天然記念物であるが、そこは上山谷の管轄である。佐藤さんによると、それは以前上山谷の管轄領域が今より広かったことを示している可能性があるとのことである。

 

・しこ名について

上山谷については従来のしこ名がそのまま小字名になっているものが多かった。また、(前述のような理由もあり)最近は小字名で呼ぶことが多いということである。人によってどこをどうよぶかはかなりばらつきがあるとのこと。村の面積の約三分の一を占める山間部においては、詳しいしこ名はつけられていなかった。溜池、川の周辺の田は、その溜池、川の名称で呼ばれている。家を指す場合も大体「＊＊＊(その地名)んとこ」というように地名で呼ばれるそうだ。個人個人で勝手に別の名前を付けることもあるとのことである。

 

上山谷しこ名一覧

アクサゴウチ

ウシンタニ(丑ノ谷)

カゼフキ(風吹)

コウラダ

サクランハ

サクガワ

サゴンウエ

サゴ

サゴヒラ

ジャーラ

シラツチ

タケダ(竹田)

ニシノツジ

フルヤシキ(古屋敷)

ホゲンタ

ミンナシゴウラ(水出川良)

ムランナカ

モッタ(持田)

ヤセギャー

 

田畑　小字〜のうちに　　　しこ名

　　　高良田　　　　　　　ヤセギャー

　　　　　　　　　　　　　コウラダ

　　　中原　　　　　　　　ムランナカ

　　　櫻原　　　　　　　　サクランハ

古屋敷　　　　　　　フルヤシキ

立石　　　　　　　　シラツチ

　　　　　　　　　　モッタ

佐子平　　　　　　　サゴヒラ

　　　　　　　　　　ジャーラ

佐後　　　　　　　　サゴ

丑ノ谷　　　　　　　ウシンタニ

竹田　　　　　　　　アクサゴウチ

　　　　　　　　　　タケダ

西ノ原　二本松　　　サゴンウエ

萩ノ尾　　　　　　　カゼフキ

水出川原　　　　　　ミンナシゴウラ

西ノ辻　　　　　　　ニシノツジ

　　　　　　　　　　ホゲンタ

区長さんの分析によるしこ名の由来について示しておく。

 

コウラダ・・・「高麗」と関係がある？

ジャーラ・・・平らであることがなまってジャーラという

アクサゴウチ・・・「ゴウチ」は川内のこと。「アクサ」は不明。

 

水利慣行

　上山谷が管轄しいている主な溜池は全部で5つあり、穴牟田溜池(ホゲンタ)、上山新堤(シンツツミ、コツツミ)、水出川良溜池(ミンナシゴウラ)、稗古場(ヒエコバ)、片平山溜池である。

村の北西にある「山谷大堤(オオツツミ)」は、切口、岳の集落とともに、三つの集落で共有している水源である。なお、大堤から流れている川が唐船川であるが、大堤へと流れ込んでいる川は普通「唐船川」とは言わないらしい。(地図にはそう表示されているのだが、実際は違うということ。なお、そのかわり何と呼ぶかについては調査不足により定かではない。すいません。)　大堤へ流れ込んでいるその川は別の集落のものであり、そのように厳密に区別されている。

田に水を使うものは、負担金を拠出しなければならない。それは、田の面積割りで算出される。他の集落であっても、負担金を出せば水を使うことは許される。集落の自他によって負担金の比率が違うのかについては聞けなかった。(そういう質問がそのとき思い浮かばなかった。その具体的な金額についても同様である。)　しかしながら、他の集落の水使用を無条件で認めているわけではない。

ただ、大堤の水を生活用水にのみ使用する場合の負担金は年間500円であるということだった。

また、西の辻において他部落の者が運営している鶏舎、豚舎については水代を徴収している。(年額3万円ほど)

　水については、よく南の桑木原と喧嘩したという。ホゲンタに流れ込む水があり、その利権をめぐって対立。

 

穴牟田溜池・・・「ホゲンタ」と呼ばれており、水源の「親堤」である。そこから谷を下った水は、「子堤」である上山新堤を経て、山田川(ヤマンタガワ)になる。下流の溜池はだいたいこの池を親堤としている。西の辻には上山谷の住人ではないものが豚舎、鶏舎を営んでいるが、そこからは水源使用負担金を徴収している。この水源のことで桑木原とよくもめごとを起こしていた。上山谷の文字通り「要」となる池である。なお、村の財源として、入札により鯉(普通の鯉、錦鯉)の養殖権を与える。鯉を捕獲するため、2年に一度は水を抜く。池の管理者は区長の他におり、「フウツ」と呼ばれる。

 

上山新堤・・・単に「シンツツミ」と言われる。穴牟田溜池の子堤である。今年から来年の間に汚泥を除去する工事を行うようだ。

 

大堤・・・農地解放までは、西岡家の堤だった。今では3集落共有の水源である。

 

・干魃の時の対応

今まで述べてきたように、村の運営はすなわち水の運営であるといっても過言ではないのだが、干魃時にはどのような対応をしてきたのであろうか。

 

今(3年前の干魃時)・・・有田川から大堤等へとポンプアップした。新堤の方へは近辺の湧水をくんだり、よそからパイプを引いてきたりした。とにかく、「百姓根性」で水をかき集めてくるわけである。「ジャーラ」では干魃のときすぐやたれるため、そのようなときは有田のフルコバ(漢字不明)ダムから片平山に水をひいた。

 

昔・・・あらゆる手を使って水を集めてくるのは今と同じだが、電力はないので、全て人力に頼るしかなかった。有田川などから水を担いでもってきていた。

 

・昔の若者は何をしていたか

公民館に集まり、酒を飲みながら語る。朝に帰る。

風流　主にタケダ稲荷　奉納舞踊をやった。

 

7月の盆

8月の夏祭り(集落ごとに)

 

12月の日曜(元は縁日)に、祭田(集落共同の田)で取れた米で大祭をした。(大きな祭、というわけではない。実際の内容は昔からの食器を使ってその米を食べるだけのものであった)

 

・神林について

神林は今では上山谷の管轄ではない地域ではあるが、重要な話(と思われる話)を聞くことができたのでそれを記載しておく。

 

神林は、今は畜産団地になっているが、その前はみかん畑であった。みかん畑では採算が合わないということから畜産団地になったのである。みかん畑以前はこの地域の草刈場であった。また、それは共同のもの(入会地)であった。

 

・6月29日の大雨の際、どれほどの被害が出たのか

棚田6ヶ所が崩壊

棚田からは滝のように水が流れ落ちていた。

 

・後記

　佐藤さんへのインタビューは比較的早く終わった。あとから考えると聞き漏らしたことばかりであったが、その時は満足してしまったのだ。それ以上インタビューを続ける体力もなかった。それにしても長い時間嫌な顔ひとつせずに我々の無知な質問に答えてくださった佐藤さんには頭の下がる思いである。

 

　帰り際に、佐藤さんは「喜楽」の常連であるという話を聞いた。そこの主人は何と新潟出身であるという。(奥さんは地元の人)　「味噌ラーメンにすればよかった」と悔いた日であった。