【唐津市呼子町呼子】 農村・山村を歩いて考える 現地調査レポート 1LT97157 森上 二三香 1LT97130 福嶋 清佳
お話を伺った方:宮崎 福男さん
●行動記録 まず私たちは漁港に行き、漁師さんたちに話を伺おうと思ったが、その日は海がしけており、なおかつ時間もお昼に近かったため地元の漁師さんは既に家で休まれていた。そのため漁港にまだ残っていた熊本の漁師さんに話を伺った。 その話を総合すると、 @海の中に呼び名はつけていない。 A潮の流れは「上げ潮」「下げ潮」をとしか呼んでいない。 B潮に乗ってくる魚はブリ、ヒラス、タイ、ヤリイカ等である。 C今も昔も基本的に一本釣りまたはハエナワ漁を行っている。 その後運よく漁港にいらっしゃった元漁師さん(80才)に話を伺うことができた。彼が言うには戦争中は東シナ海に大型船で行き、ハエナワ漁でアマダイやレンコダイを捕っていたそうである。私たちは他にもできるだけ多くの人に声をかけてみたのだが、これ以上の収穫は得られなかった。 その次に私たちは先方町を通って地図で田畑があるはずの場所を訪ねたが、そこに田畑はなく荒地しかなかった。かなりの間その辺を探索したがやはり結果は同じであった。 仕方なく私たちはまたスタート地点に戻り、川端町方面に歩き、持山の信号を北上した。そして手紙を出しておいた宮崎福男さん宅を訪ねた。彼が言うには、昔は少ないながらも田畑はあったが、現在はそのほとんどを整地してしまったということだった。 手がかりがなくなった私たちは呼子の朝市に戻り、この辺に田んぼがないかを尋ねまわった。その中である店の店員さんが「殿ノ浦ならば田んぼがあるのではないか」と言ったので、その店員さんが歩きでは遠いと言うのにもかかわらず、足を伸ばしてみることにした。しかし、いざ殿ノ浦まで来たものの、山が多い上に道が険しく、田んぼらしきものを見つける前に断念せざるを得なかった。
●結果報告 ・漁港の情報については前述した通りである。 ・非常に残念なことに田畑のしこ名を知る人はおろか、田んぼさえ地図通りには残っていなかった。 ・基本的に呼子の人は漁業に従事しているように思われる。 ・暴風と雨に見舞われながら必死に歩き回ったが、その甲斐なくとても残念な結果に終わってしまった。私としても大変悔しい結果である。
※しこ名を落とせなかった代わりに私たちがどれほど頑張って歩き回ったかということ地図に赤線で示しておいた。この努力を組んで頂きたい。 |