現地調査レポート/佐賀県/唐津市浜玉町/五反田地区松本一本松周辺

 

1LA97077■  兼行浩平

1LA97082■  川添竜二

 

現地調査協力者紹介

楢崎正巳さん

 大正6年生まれで、今回の現地調査のなかで最も素晴らしい協力をいただいた。一本松地区の歴史に深く精通し、「一本松」の名の由来や調査に関しての貴重なご協力をいただいた。

 

田中稔さん

 生年月日は聞きそびれたが、五反田地区の区長をしている方で、楢崎氏と同様、貴重な協力者のひとりである。

 

今回の調査は以上の二名からの協力によるものであり、私たち二人もこのお二人にはとても感謝している。近々感謝状を送る予定である。

 

○しこ名について

・田や畑のしこ名について

 一本松地区の民家10数件を1件ずつ訪ねて回ったが、どこの家もしこ名について知らないという。しこ名の意味を事細かに説明し、しこ名とは何かをも理解してもらったが、特に田畑を呼ぶ通称はないそうだった。

 

・ほり、しいど、橋、井手について

 これも一本松地区の民家をひとつずつ訪ねて行ったが、これに関しても特に通称はないようでした。

 

「一本松」という名前について

・一本松とは小字の名前ではないそうです。このへんの小字の名前は「松本」という名前だそうです。そして一本松とは松本地区の一部分を指す名称だそうです。

・元々一本松という名の由来は、大きな1本の松の木があったらしく、それが地区の目印のような存在だったので、一本松地区と名付けたそうです。

 今はその松の木は松喰虫にやられて跡形もないそうです。

 

○浜玉町の五反田地区一本松の推理状況についてのレポート

・用水について

これも一本松地区の民家を1件ずつ訪ねましたが、用水についての特別な名称はないそうです。用水源は玉島川で豊富な水を利用して農業を営んでいたそうです。この用水は共有ではなく、一本松地区の住民のみが使っていたそうです。

 

・昔の配水の慣行・約束事について

 これも前述したとおり、一本松地区は水が豊富なので、決まりごとなどはなく、それぞれの家が勝手に用水を使っていたそうです。また、争いごともなかったそうです。

 

1994年の大旱魃について

 1994年に大渇水がありましたが、前述したとおり、玉島川の豊富な水の影で、特に水には困ることはなかったそうですが、井戸掘りはやったそうです。

 

○祭祀について

・一本松地区のみならず、五反田全般の祭祀のメッカである。玉島神社には神功皇后がまつってあり、白村江の戦いの時の出兵の時、釣り占いの儀式を行ったことがあるらしい。

・のち、一本松地区では昔から続く祭祀はないそうです。

 

○調査を終えて

 佐賀県の浜玉町は田園風景が豊かで、心が洗われる思いであった。福岡の騒々しい雑踏を離れ、落ち着いた田舎を探索することは、我々学生にとって非常に有意義なものであったと思う。

 来年入学する後輩にも是非とも佐賀調査をやってもらいたい。



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