調査地 浜玉町(土井・玉島・南山下) 1LA97028■ 井寺洋 1LA97036■ 今村崇 1LA97049■ 梅津由理 1LA97055■ 王丸京子 1LT97111■ 西の真美子 *途中で合流せざるを得なくなり、(得た情報が重なってしまい別々に調べるよりも効率が良いと判断)5人で調査 お話を伺った方 ・下川一幸 1962年生まれ(35歳) ・吉村宗一 1914年生まれ(83歳) ・深堀達夫 1910年生まれ(87歳) 稲毛さん:ガソリンスタンドのおじさん 藤井さん 上野寿彦さん
〈田畑〉 土井:大江、中縄手、渕上中縄手、南山中縄手、五反田堀川、堀川、敷町、唐戸 玉島:玉島 南山下:比恵坂、田尻、白石、西山、芹田、目貫、菖蒲、名丸(ナマル) 〈屋号〉 カワバタ:川(南山下) 古道については分からないという人が多かった。 ○水争い水利用について 昔は水路から取水し、現在は山の上に大きな貯水地を3ヶ所つくり、利用。水源は五島川。ポンプで汲み上げているらしい。これは現在の話だが貯水池には泥などがたまり、掃除が大変だということだ。またポンプを利用するようになり、貯水池から水を利用するようになったことで、各家庭に水を分配でき、防災面も強化されたということであった。だが維持費には何百万もかかり、十数世帯で分担しているが一世帯につき何十万もかかるということであった。 水争いについては以前、このあたりは南山という地名で統一されていたのだが水を巡っての争いで南山、南山下、というように分離したとかいう話だった。 吉村さんは水をめぐっての争いは村単位ではなく、個人単位だったと教えてくださった。また20〜30年ほど前に小競り合いがあったということだ。 1994年の大旱魃の時はおもに時間給水を行い乗り切ったということであった。 *現在は田畑が減少し、色々なことを知っているお年寄りがいなくなっている。 行動記録(土井・南山下班) 10:30 バス到着 行動開始 10:45 稲毛さん宅訪問(情報は得られず) 10:55 藤井さん宅訪問(情報は得られなかったが、ガソリンスタンドのおじさんが知っ ているかもという話を聞く) 11:05 ガソリンスタンド訪問(色々なことを聞いたが、ここで区長さんの住所を聞いた) 11:20 下山一幸さん宅訪問(ここでしこ名、水争いのことなど様々な話を聞けた。後坂 というところに物知りの老人がいるのではという話を聞く) 12:00 休憩 13:05 あるお宅を訪問(表札を見忘れ、名前がわからない。近所にいる物知りそうな老 人の家を聞く) 13:20 吉村宗一さん宅訪問(ここでも様々な話を聞けた) 13:50 深堀達夫さん宅訪問(ここで玉島班2名と偶然合流情報を得る) 14:30 ほかにも回ったのだが有力情報は得られず 16:00 バス乗車 帰途につく (玉島班) 11:00ごろ 留守ばかり |