【多久市南多久町上田町地区】

歴史と異文化理解A 現地調査レポート

佐賀平野の現地調査 月曜日2時限

 

1EC95263 NORAINI

 

佐賀へ行く前に最初は訪問するお宅へ先生と一書に行く予定だったので何も心配しなかった。しかし、佐賀へ行く途中で予定が変わって、山口さんと二人で調査をすることになって、けっこう心配になりました。

 バスから降りたとたん、その場所の地図を持っていなかったので、どこに行けばよいのかも分からなかった。そこでどなたのお宅を訪ねればよいのか、全部山口さんが一軒目の家を探しながら教えてくれました。

 日本に来てからまだ一年も経ちません私が、日本のいなかの方へ行くのは初めてだった。環境は(静かさとか空気がきれいだとか、年上の姿しか見えないこととか)マレーシアのいなかとあまり変わらないですが、日本の田んぼの並び方はとてもきれいだ。

 一軒目のアラタニさんの家を探しましたが、彼は若すぎるといって、そのいなかの昔のことをよく知らないというので、そのいなかの一番年上のおばあさんを紹介してくれました。

 なぜかその日は田んぼにも畑にも、いなかの人々の姿が一人も見えないので、牛ばかりいました。上田町では各家に牛を飼っています。

 半時間後、そのおばあさんの家を見つけました。一人暮ししているそのさびしそうなおばあさんの話を最後まで聞きましたが、全然分かりませんでした。山口さんに聞いたら彼女は家族のことばかり話したということです。

 時間も短かったし、調査をしなければならないから、12時ごろそのおばあさんの隣の家に行ってみることにしました。新設で明るい夫婦であるその隣のおじいさんは、やっと私たちに色々なことを教えてくれました。その町にある田んぼの名前とか、川の名前だとか、自分でかいた地図まで見せてくれました。おじいさんの話が少しだけ分かりました。ノートもうまくとれず、地名など聞き取れませんでした。佐賀弁も使っていたし、話も速かったし、彼の話を聞くときに、内容がよく分からなくても「そうですね」とか「そうですか」とかしか答えられませんでした。

 その後2軒目の家へ行きました。ずいぶん遠かったのでちょっと時間がかかりました。その家に着いたとき、彼はもう待ってくれていました。2軒目のおじいさんは元気そうな方で、いろいろな準備をしてくれました。その辺りの田んぼの名前とか川の名前を調べて、紙に書いて私たちに見せてくれました。そして、田んぼまで連れて行ってくれました。

 この村の水はポンプ(pump)で取り入れ、各水田に同じようなポンプを使っています。この村にはクリークの整備とかあまり見られませんでした。ポンプを使った方が楽だからでしょう。クリークがあると、農業用機械が入りにくいため、近頃では農地の整理が進み、クリークの面積も少しずつ減ってきています。それで、上田町はポンプの使用法が発達しています。

 田んぼに連れて行ってくれると思っていましたが、おじいさんは友達の所に連れて行ってくれました。そして村のメモリアル(memorial)のような場所の説明をしてくれました。田んぼのこととは全然関係なかったけれども、失礼のないように、ちゃんとおじいさんの友達の話を聞きました。もちろん私には分かりませんでした。30分ぐらいでそのメモリアルな話をやっと聞き終わりました。時間がないので戻らなければなりませんでした。

 結局この日は佐賀平野以外の話ばかりで、現地調査はうまくいきませんでした。最初は村の人々が外国人に対してどういう思いがあるのかちょっと心配でしたが、言葉が通じなくても私に親切にしてくれました。



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