【多久市南多久町瓦川内】

農村山村を歩いて考える 現地調査レポート

学部2年 岩隈 真希

永松佳奈子

瓦川内におけるしこ名は、番号順に

@    多々良(タタラ)

A    桜町(サクラマチ)

B    平林(ヒラバヤシ)

C    宮田(ミヤタ)

D    荒平(アラヒラ)

E    長畑(ナガハタ)

F    瓦川内(カワラゴウチ)

G    松葉(マツバ)

H    梅木(ウメキ)

ということでした。

 水田にかかる水は、主に天ヶ瀬ダムと山から取り入れられており、去年の旱魃の際もダムの放流により乗り切ることができた。ただ下の方の土地の田は涸れやすいので、その度役員が公平に分配している。水は1つの水路体系に6つの井堰が設置してあり、それによって公平に分配されている。ダムが出来る前は夜勝手に井堰を外して水を落とすということもあった。土地は段々状になっているため、その堰で調整されている。

 井堰の名称がそのままその部分の水路の名称となっている。その名称は

a 駄原水路(ダバル)  b 荒平水路(アラヒラ)  c 黒岩(クロイワ)水路

d 六田水路(ロクタ)  e ホッカ元水路(ホッカモト) f 小出手水路(コイデスイロ)

ということでした。

 橋の名称は

 ア 瓦川内橋  イ 落合橋  ウ 天ヶ瀬橋 です。

 5年後には両側に道路が完成予定です。水路は「天ヶ瀬ダム水路組合」により管理されている。組合は面積約30町、戸数約40戸により構成されている。

 瓦川内という集落は、柳の内も含め約48戸で構成されている。村共有の山林はあり、峠の所はミカン園、その下は杉山、クヌギ山、竹山になっている。

 土地の質は赤土系の部分は昔鍋島家の土地であり、よく米がとれるが、それより北の方は砂地であり、米はなかなかとれない。普通米は1反当たり平均8俵半程度とれる。多いときは12俵半、少ないときは7俵ほどとれる。肥料は化成肥料(人によって中身は違う)を使っている。戦前は3要素(チッ素、リン酸、カリ)の入っていない尿素や牛糞などを使っていた。昔、40年程前は養蚕やタバコの栽培が盛んだったが、今は山を開墾したりして、ミカンの栽培に切り替わっている。広い土地の一部で裏作として麦を作っている。

 農家の悩みは後継者の減少である。瓦川内でも48歳以下の専業農家の人は、34人しかいない。1015年程前までは青年宿があった。兼業農家が増加し、麦藁屋根は瓦屋根に変わった。しかし、春祭り、秋祭りは現在も続いている。

 長尾地区よりは瓦川内地区の方が専業農家が多い。長尾地区は80戸→130戸と人の変動があるが、瓦川内地区は49(70歳以上の人が35)でほとんど変動はない。

 長尾地区の人とは会って話を伺うことができませんでした。申し訳ありません。

 話を聞いた方(瓦川内地区)は昭和23年生まれの方でした。 



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