【佐賀市高木瀬町下高木地区】 歩き、み、ふれる歴史学現地調査レポート
行った先の市町村名 佐賀県佐賀市高木瀬西一丁目、高木瀬東二丁目 行った先の大字 下高木 古老の名前と生年 島ノ江菊夫 大正9年 市丸賢田 昭和3年 しこ名の一覧 田 @横土手(よこでー) A三角(さんかく) B権現(ごんげん)さん(様) C館(やかた) D裏ん土手(うらんでい) Eジャーバル (原)? Fろくろー Gオクジャー H植木道(ウエキミチ) I八反角(はったんがく) Jガラン松(マツ) (町(マチ))? K梅町(ウンメ(ン)) L東(ヒガシ)ソコラ M蓮(根)堀(レンコンボリ)ソバ N大神宮(ダイジングウ)さん 様 O三本杉(サンボンスギ) Pかんこ柳(ヤナギ) Q前田(マエダ) R裏田(ウラダ) Sつづみ(堤) 21五反蔵(ゴタンゾウ) 22七反角(ナナタンカク) 23八反角(ハッタンカク) 24よしぼい (堀) 25キャーツブロ 26二本石 cf. 三本杉 四本杉 五本杉 畑 ゲン蕃島(バジマ) 堀 蓮(根)堀(レンコンボリ(イ))1、2、3(別名:土取(ドトイ)、用水堀(ボイ)) 新堀(シンボリ(イ)) 橋 館橋(ヤカタバシ) 植木橋(ウエキバシ) 水路(川) 馬施(ウマフ)せ川 当日の行動 8:45 九大着、バスに乗り遅れる ↓ 自転車で移動 10:35 博多発佐賀行き高速バスに乗る ↓ 高速バス 11:18 佐賀駅着 ↓ 11:29 佐賀駅発バスに乗る ↓ バス 12:00 総合体育館前着 ↓ 昼食、古老と電話連絡 13:00 島ノ江宅訪問(@〜K、O) ↓ 14:30 市丸宅訪問(L〜25) ↓ 15:45 市丸宅後にする しこ名の由来 田 @横土手…島ノ江宅の横にあったから(そのまんま) A三角…三角形の形状から B権現さん…コモンライフ(スーパー名)が今建っているが、その中に神様が祀ってあるから C館 D裏ん土手 Eジャーバル(原) Fロクロー Gオクジャー…奥ジャー、オクダイ?言い伝えなので良くは分らないらしい H植木道…植木道という農道そばにある田ん中をこう呼んだらしい I八反角…面積から Jガラン松…その1、「ガラン」というのはお寺のこと。昔お寺に松があったから。 その2、ゴラン松と言うほどきれいな松だったから。 K梅町 L東ソコラ…なぜかは分らない M蓮(根)堀ソバ…その名の通り蓮(根)堀のそばにいるから N大神宮さん(様)…連堀の前にアマテラスオオミカミの祠があったから O三本杉…昔からの田ん中らしい Pかんこ柳…「かんこ」=「かんこ鳥」?約1.5〜2haだったらしい。 Q前田…家が建っていて、その前と裏ということで呼ばれていた。 R裏田…同上 Sつづみ(堤)…近くの堀がつつみの形だったかららしい。 21五反蔵…若宮三丁目は面積で田ん中の名を決めて呼んでいたらしい。 22七反角…同上 23八反角…同上 24よしぼい…近くに良い堀があったから(!?) 25キャーツブロ…水鳥のかいつむり(方言で「けやつぶろ」となる)がすぐ泳げるぐらいに、大雨時には水が流れにくく溜まって、流れ出ていかず池みたいになるので。 26二本石…(その他の「二本石」参照) 三本松…田の程度、階級みたいなもので、大まかに言い分けていた。 四本杉…同上 五本杉…同上 畑 ゲン蕃島…侍で「ゲン蕃の守(カミ)」というのがいて、その名残りではないか。屋敷跡?「島」というのは水田より高地だったためかも。 堀 蓮根堀…(島ノ江さんは「蓮根堀」、市丸さんは「連堀」と呼ぶ)明治45年にそれまで田ん中だった所を、泥を取って埋め立て高めて堀にした。水を溜めて、蓮の花があった。上から1、2、3と呼び、真ん中は戦前、佐賀県淡水魚試験場だったらしい。 新堀 橋 館橋 植木橋…植木道に架かる橋だから。 水路(川?) 馬施せ川…川で馬を洗っていたから。(洗う際、馬を横に寝かせる) 道 植木道…車(リヤカー)一台通るくらいだったから。昔の農道。高瀬→鍋島へ行く道。 その他 二本石…※図省略(入力者:田中)。川に二本石が立っていた。その周囲の田ん中もこう呼ぶ。 しいどについて 田ん中と一緒の呼び名 橋について 用水路にかかる小さい橋はいっぱいあった。 井樋 樋門はいっぱいあった。 村の水利のあり方 時間がなく詳しく聞いていない。水を争うなどということはなく一昨年の渇水時にも特に困った記憶はないらしい。こういったことについて質問しても「よく分らない」という返事が返ってくるばかりだった。 その他 ・佐賀市の県庁の前にも大堀があったように大堀(蓮根堀のこと)があった。 ・昔は軍隊があり、明45に兵舎ができ終戦後は引き上げ者専用の「協楽園」というところができた。 ・兵隊訓練場→農試験場→総合運動場となった。 ☆田ん中のしこ名は昔からの農家数人でつくったものなので、一人一人の古老を尋ねるのではなく、古老何人かで寄って(集まって)話し合ったらどうか?(島ノ江さんより) 実習を終えての感想・反省
島ノ江さんという親切な方がいらして彼が数人の古老と連絡をとってくれ、車で市丸宅まで送っていってくれたりした。 |