【神埼郡脊振村竜作】

歴史と異文化理解A現地調査レポート

S1-18

1TE96535 今長谷大助

1TE96534  井上 元

 

《話を聞いた人》

服巻寅夫さん

 

《しこ名》

・まえのうぜまち:家の前にあるから。

・ひらきだ

・えびんたんなか:あぜ道がえびのようにそっているから。

・うーら

 

 711日。ついに現地調査の日が来た。今までいろいろと準備をしてきて、期待と不安を持って佐賀県三瀬町脊振村へと向かった。六本松キャンパスに集合し、バスで目的地へ向かったが、日頃の疲労でバスの中では寝てしまった。ふと目を覚ますと、もうすでにバスは佐賀に着いていて、あわてて降りる準備をした。外を見ると、山・川・田ばかりで、民家がほとんど見当たらなかった。その瞬間一気に不安でいっぱいになった。

 自分達の調査地は竜作(地図によっては龍作とも書かれてある。現地でも「竜作」と「龍作」の両方の字を見た)で、バスが通るところから歩いて40分ほどの距離にあった。バスを降りると長い坂を上り、その後ずっと下って竜作に着いた。一本道だったので迷うことはなかったが、遠かったので本当に着くかどうか不安だった。しかし、その不安も木板に書かれた「竜作」という大きな字を見て一気に吹き飛んだ。

 竜作は民家が8軒で、村の中央を竜作川が通っており、あとは田んぼが広がっていて、とてものどかな様子だった。自分達はまず最初に村長宅へ向かったが不在で、村長夫人とその息子さんがいらっしゃった。村長宅は石材店を経営しているらしく、その息子さんは石をけずっているところだった。彼にしこ名について尋ねたが、つい最近、広島の大学を卒業して戻ってきたばかりで分からない、と言われた。村長夫人に聞くと、「しこ名なんて知らない」と言われたので、しこ名についていろいろ説明したが、それでもわからないと言われ、仕方なく別の家へうかがうことにした。

 次に向かったのが副村長である服巻寅夫さん宅である。前回がいい調査ができなかったので少し不安であったが、訪問してみると、とてもいい人で、しこ名をいろいろ教えてもらった。しこ名はその田や畑などの位置・方位・形などから名づけられるということがわかった。順調に調査できたので、「よし、もっと調べるぞ」と思っていたら、副村長から「他の家は今ほとんどいないよ」と言われ、やる気がなくなった。とりあえずそれから他の家をまわってみたが、やっぱり留守だった。残るは村の中心から遠い2軒となった。

 村の中心から、残る2軒へは歩いて1時間くらいだった。山を一つ越えたところにあり、とても疲れた。途中、山の中で大きな石垣を見つけた。とても自然にできたとは思えないぐらい立派に作ってあったので、昔この近くに人が住んでいたと思われる。道は砂利道でとても狭く、こんな道が地図に載っていたのでびっくりした。

 やっとで残る2軒に着いたが、うち1軒は留守で、もう1軒は病人がいて看病しているみたいで調査はできなかった。結局、これで調査は終了してしまった。その後、近くの道の路肩で昼食をとり、少し休憩した。

 今回の調査でいろいろ感じたことがある。それは村の人達の言葉がなかなか理解できなかったことである。自分は鹿児島出身だけど、同じ九州にある佐賀の言葉がなかなか理解できなかったのはなぜだろうと疑問に思った。福岡・熊本・長崎の言葉は理解できるが、現地の言葉はできなかったのは、おそらく、そこは人の往来が盛んでなく、しかも山に囲まれていたので文化の伝達が発達していなかったからだろうと思う。もう一つは村民の姓が「服巻」と「合田」の二つで、しかも「服巻」は地名でもあることです。このことを初め知ってとてもびっくりした。

 休憩をとった後、バスが通る道まで戻った。途中、田んぼの中で作業をしている人達を見かけた。広い田を少人数で手入れしているのを見て、大変だなぁと思った。

竜作の水は村の奥から続く用水路から引かれていた。しかし、一部、竜作川の水を農業用水として利用している田もあった。川の水はとてもきれいで魚もたくさんいた。

 バス通りに出てから近くの店でまた少し休憩して、川の方へ行った。中流なのに大きな岩がたくさんあって、しばらくその岩の上で昼寝をした。とても涼しく、いい気持ちだった。あらためて自然の良さを実感した。

 今回の現地調査を通して多くのことを学んだ。しこ名の由来や村の水利の様子、言葉のこと、自然のことなど。しかし、一番強く思ったことは、村における過疎化のことである。竜作は民家が少ない上にほとんどが高齢者で、十分な農作業ができない状態であった。また、青年層、中年層もわずかながらいるが、農業を副業としているのが現状である。したがって村民は減る傾向にあり、それにより村のしこ名や言葉がなくなる可能性は非常に高いと思われる。これは竜作だけの問題ではない。多くの農村が抱える深刻な問題である。この問題は簡単には解決できないと思われる。しかも、解決策ができても、改善されるのはこれから何十年後も後のことである。だから今のうちに、しこ名や言葉といった農村における文化を記録し、保存することが重要だと思う。

美しい川・山・空気・水とともに、村の言葉・しこ名・その他の文化がいつまでも維持されることを願うばかりである。

 今回の現地調査でしこ名の収集をしたと同時に、農村・自然の大切さを実感することができた。もし今後、何か機会があれば再び竜作を訪れたいと思う。



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