現地調査レポート/佐賀市鍋島町/角目(ツノメ)

 

話者  松尾軍太(昭和13年生、生産組合長)

聞き手 東 昇・梶嶋 政司

日時19961223()午前12時〜午前3

 

1>地名(54個)

以前の調査とだいたい同じであったが、場所変更のものが多い。

・田(10個)

ニシノツッタ(西の津留田) ヒガシノツッタ(東の津留田) ウラダ ロクタンゾー

ゴタンゾー ハチノカク ホージョーダ 大柳

……場所変更のもの

アシアライ(足洗い) ブカン

・川・堀(9個)

ナカシイド(中水道) ウラカワ ハッチリカワ(八尻川) ケンチャンボイ

ウーイデスイケイ(大井手水系) 学校道の水系 エゴボイ

……場所変更のもの

カネサンボイ ハッチャンボイ

・樋(1個)

ウーイデ(大井手)

・橋(3個)

キノツノハシ(木角橘) ツルハシ(津留橋) カキビサンハシ(蛎久橋)・高橋

・道(8個)

キノツノンミチ(木角道) ツルンミチ(津留道) 学校道 村前道 カクアジェ(角畦)

……場所変更のもの

マンジュ道 地蔵道 ヘンロ道

・信仰(1個)

オギオンサン(祇園さん)

 

他村4

津留− 沖田

津留− 三軒麗

津留− 一本杉

植木− 蛎久天神宮の下の宮

 

 

<地名の由来>

・ブカン……田んぼが湿地でブカンブカンと揺れていた。

・アシアライ……大水になると一番長く浸かっているところで、水が引かないので足を洗って待っているという意味。

・ロクタンゾー、ゴタンゾー……分家した際に本家に6反、分家に5反分割したもの

・大柳……大きな柳の木があった。

・学校道……蠣久の小学生が鍋島小学校に通う道。

・ヘンロサン道……各村のジゾウサンを春秋の彼岸にお参りする。

・ドンポイビ……村で水が一番のっていた井樋。

・エゴボイ……排水路の堀を一般的に言う。

 

 

<2>村の信仰

・西新庄八幡宮の氏子……鍋島内の大字森田・八戸溝(東新庄・森田(西新庄)・江頭・新

村・角目・江里)

 

・オクンチ……西新庄八幡宮の秋のお祭り、以前は稲刈りの関係で目時が動いていたが、今は113日に定着する。天満宮と与賀宮の神主さん2人がきて拝む。

 

・シメノカカット……オクンチの日の役。東新庄・森田(西新庄)・江頭・薪村・角目の順

にまわす。以下一連の行事を全て担当。しめなわはさきに作成しみこしに飾る。当日は朝

早く下の宮へみこしをかついでいき、昼まで留守番をして、昼1時からまたみこしをかつ

いで八幡宮へ帰り神事を行う。角目から氏子総代1名をだす。

(江里はフリュウ(=風流、テンチクマイ)を毎年奉納するのでシメノカカットには入って

いない)

 

     鍋島地区の信仰領域

西新庄八幡=森田・八戸溝 / 蠣久天満宮=鍋島・蠣久 / 五龍=八戸と分かれている。

 

・ジゾウサン祭(オギオンサン)……角目集落の中心にあるジゾウサンのお祭り。ジゾウサ

ンは寛政期に角目の若中により作られ最近再建されたもの。724日、小学6年生が大

将となり、子供たちが宿をかりて自分たちで料理を作り供えていた。

 

 

<3>村の集団

・オチャゴウチ……葬式の手伝いなどの近所づきあいの範囲。角目には6班あり昔から上から1班と数字で数える。1斑は10軒から15軒。

・青年会……月1回会合。「青年カイジョー」は現在の公民館の場所だったが、28水につかり立て替える。

・サンヤマチ……角目には7つあり、同年齢の集団であるが最大7歳の歳の差の開きがある。月1回の会食あり、女性でサンヤマチがあるところは2ヶ月に1回会食をするところもある。

 

<4>その他

別紙の地図(佐賀県立図書館所蔵)の緑色の部分からわかるように、田より高いところに作られる畑の分布は昔の堤防を表している。

これは干拓がどんどん南に進んでいった過程を表している。

古い堤防は水がこないように住宅や畑になり、その南にできた干拓地の田を所有する。

だから目や津留の田は集落の南側に多い。

 

 



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