三養基郡中原町古田原、香田地区】

レポート

1EC94217 牛丸 晋

1EC94276 橋本佳樹

 

調査日 1227

しこ名

@シシクイ(獅子喰)

Aタチ

Bドウタテ

Cシタノハカ(下ノ墓)

Dウエノハカ(上ノ墓)

Eドイマル(土井丸)

Fカズラタニ

Gテンジンバタケ(天神畑)

Hキリバタ(切畑)

Iセト(瀬戸)

Jウオバタ(大畑)

Kサンマイダ(三枚田)

Lヒガシダ(東田)

 

聞いた方

 綾部 進 昭和3年生まれ

 綾部 ヤスユキ 生年月日は聞けませんでした。

 

 1217日の9時ごろに中原町香田地区に着きました。まず5,6軒の農家をあたってみました。数人の古老からお話を聞こうとしましたが、すでに忘れてしまったとか、しこ名など知らないという方がほとんどで、中には私には関係のないことなので帰って下さいと言われたおばあさんもいらっしゃいました。道を歩いている人などに聞いてみましたが、分からないとのことで、初めて2時間くらいは全くしこ名を集めることができませんでした。

 11時ごろ焚き火をしていたおじいさんとおばあさんに聞いてみたところ、分かるとおっしゃったので詳しく聞いてみると、字のことを話していました。しこ名のことを聞くと役場へ行けとおっしゃいました。二人は他人であっておばあさんは自分の夫に聞いてみてくれるとのことだったので、家へ上げてもらいました。その方は綾部とおるさんとおっしゃって、本人は警官であったので詳しくその一帯については知らないが、自分の田がある前田原周辺の田のしこ名を教えていただきました。

 墓があった所の上と下に田があったので、ウエノハカ(上の墓)、シタノハカ(下ノ墓)と呼ばれていたそうです。その家ではお茶、コーヒー、リンゴ、お菓子を出してもらい、お土産にみかんとおかしを沢山頂きました。それまで他の人々に冷たくあたられてきたので非常に嬉しく感じました。おばあさんはまた遊びに来るようにとおっしゃいました。

それから教えてもらった区長さんである綾部ヤスユキさんの家へ行ってみました。12時前だったのですが昼食だろうと思ったので、1時ぐらいに行きました。区長さんと会うことが出来て話を聞こうとしましたが、5日前ぐらい前に女性の二人組がきてその人たちに全部話したのでその二人組に聞けと言われました。しこ名だけは教えてもらうために粘り、その結果は一応ありました。そのしこ名の由来などは結局教えてもらえませんでした。

また何軒か行ってみましたが、誰も分からないとのことだったので古田原へ行くことにしました。

130分ぐらいに古田原を回っていました。そこはすごい山奥で、田はありましたが民家が全くなく、人も道を歩いているのが数人いるという感じでした。中原ゴルフ場まで行ってみて何もなかったので民家があったところまで戻ってみました。そこにいたおばさんにしこ名を聞いてみました、そこは古田原ではなく、古田原には人は住んでいないということでした。古田原にある田は、他の場所に住んでいる人が作りに行っているということでした。そこで、田を作りに行っている家を教えてもらいました。そこの家のおばさんに会うことができました。自分の田のしこ名を教えてもらいました。

サンマイダというそうで、三枚の田があるところからそのように呼んでいるそうです。その他にヒガシダがありました。これは道の東にあるところからそう呼んでいるそうです。詳しくは主人に聞けと言われました。その方のーは不在であったので待ちました。3時前ぐらいに会うことができました。

しかし、ここでも数日前に来た二人組に話したので教えることはない、と言われました。結局全く教えてもらうことが出来ませんでした。その後、道にいた人々に色々聞きましたが知らないとのことでした。古田原の田の持ち主は一つの村ではなく2つから3つの村に住んでいるとのことで、その所在は分かりませんでした。

朝からほとんど何も食べなかったこととか、ガソリンの量を考えて断念することにしました。22日に調査がなされていたのが不運であってよい結果が出せませんでした。2年前の中世の村と人々で行ったときよりも難しかったと感じました。



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