【神埼郡千代田町又南里、竜尾、快楽地区】

田んぼのしこ名

担当者  S1−28 1AG96114■ 角 三千子

S1−28 1AG96096■ 佐藤 文

 

<又南里>

 私たちは、5、6軒たずねたが、整備後の田んぼのことはよくわからないとお答えになる年輩の方が多く、少しのしこ名しかわからなかった。田ん中で作業していらっしゃった、70歳くらいの人にきいたが、整備をしたため、田ん中の形や道路の位置などもかなり変わっているらしくて、昔の地図でも、よくわからないということだった。現在農業をしている方でも、昔のしこ名は今使われなくなっているからか、わからないということだった。私たちは紀伊利雄さん(昭和3年生まれ)とその娘さんにお話しをうかがった。

 

又南里の田ん中のしこ名

 “よしのうち”“三方樋(さんぼいで)”“堂の脇”“びしゃもんさん”など。しかし、やはり昔とは違っているので、よくわからないとおっしゃっていた。

 

<竜尾>

 私たちがお話しを聞いたのは、佐藤稔さん(昭和54年生まれ)である。田ん中でちょうど農作業をしていらっしゃったので、直接お話しを聞いてみた。しかし、ずっと農業をしている方ではなかったので、わからない所もしくはわすれた所があるということで別の方にも聞いてみた。すると橋のことなどもくわしくおしえていただいた。が、区画整備をした後なので、道が変わっていたり、新しく作られたりしていて、わからない所もあった。

 

竜尾の田ん中のしこ名

 ・橋で田ん中を区切ったということで“一五の橋”、“二十四の橋”、“シンキンバシ”、“二十八の橋”など橋のつくしこ名が多かった。また、集落の北、南などには“北裏”、“南裏”というものもあった。あとは墓があるということで“墓所”、のぼってそこへ行くということで“のんぼい=上堀”というしこ名もあった。漢字はわからないが“ひんがんでい”、“もうだい”あとは“三十六”というのもあった。

 

<快楽>

 私たちは、野田国男さん(昭和二年生まれ)にお話しをうかがった。やはり、整備後ということで、道の位置や地図の地名などがおかしいとおっしゃったが、かなり詳しく教えていただいた。

 

快楽の田ん中のしこ名

 “くらんがた”、“うぼがた”などは堀の位置でそう呼ばれていたそうだ。また堀の名前で“むくどんぼり”、橋のそばの“がたんはし”、じょうごの形をしたたいびがあった“じょうごいび”、八反あったらしい“八田(はっだ)”、魚をとるために水を干上げようとしてもボコボコと水がわきあがってくるという“地獄田”、寺のそばの“八竜さん”、ほりの両側に“新川”と“古川”などまわりにある目印みたいなものからとったようなしこ名もあった。さらの“野田んみち”など現在の小字がそのまま野田となっている所もあった。地図にはなかったのだが、少し西の方に“たがぜまち”、もう1つ“かきぜまち”というのもあるらしい。他には“南の前”、“裏橋”、“こうたいじき”、“末角(すえがく)”、“むだん”、“上地(じょうち)”、“鯰江(なまずえ)”“北平(きたびら)”など。そして、「ひらき」という1m〜3mの小さな田ん中の話もしてくださった。「ひらき」は、田ん中のはしっこがくずれないようにする為のものだったらしい。今は快楽地区にも1つしかなくて、私たちも見にいった。1.5mくらいの細い田ん中で堀と田ん中の道の間につくられたものだった。

 

 今回は初めての調査の上に範囲がとても広く大変だった。又南里は、留守の人や昔のことがよくわからない、覚えていないという人が多くとても大変だった。しかし、他の2地区は直接農作業をしている間に田んぼの中でお話しをきけたり、とても快く答えてくださったりと大変くわしくおしえていただいてやりやすかった。



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