【杵島郡大町町本町、小通】

中世の村と人々 現地調査レポート

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黒木貴司、田中宏季、平澤晋哉

本町町

お話しをしてくださった方 武村秀敏さん(昭和10年生まれ)

水利の在り方

 第一杉谷溜池寺口と道金町の一部

  第二杉谷溜池小通

 込堂溜池道金町

  大町宮浦溜池本町と上分(かみぶん)の一部と上大町の一部

           上分[道金町]、寺口辺りの古称

  花浦溜池上大町

 新堤溜池下大町

  浦川内溜池上大町

   は本町の北(?)の所にある。地図にはなし。

 第二杉谷溜池は昭和4546年頃に完成した。それ以前小通は他の村の残り水でまかなっていたらしい。

 

◎昨年の水対策

 特になし。十日置きに水を流した程度。

 水争いはくみんなで協力。

 ただしこれは宮浦のことで他の村は定かではない。

 

耕地

 国道34号線以南は主に豊作。

 山麓ではあまり米はとれなかった。

 1反当たり8.5(510kg)とれた。

 肥料……堆肥と単肥(窒素、リン、カリウム)の混合。

 

その他

 半夏生(ハンゲショウ) ドクダミ科

 昔は佐賀平野のクリーク近辺に多数見られたが、今では絶滅の危機にさらされている。武村さんの話ではFのじきゃあ辺りでよく見られたそうだ。また、武村さんは最近この花を手に入れたそうで、実際に拝見させていただいた。この花の一部は白く、名前の由来はここにあるのではないだろうか、ということだ。

 自分たちは最初農協に行き、生産組合長さんの家を教えてもらって、その家を訪問したが、彼は留守で、その代わりに武村さんを紹介してもらった。その行く先で会う人々は大変親切で、協力的で本当に助かった。

 武村さんの言葉でいろいろなことを思い出して自分も楽しかった、というのが心に残った。

 

◎田ん中のしこ名

 ・うばんつくら(乳母のふところ)

 ・ごくらくじ 以前、墓地

 ・ちゅうしょうじ

 ・よんのかく

 ・ろくのかく

 ・こみどんひがし(込堂の東)

 ・じきゃあ

 ・ていのでー(堤の土手)

 ・ゆびじい(樋尻)

 ・ぼうずがわ。以前に修験道(坊主の修行場)があった。

 ・といごえ

 ・とろく(東六)

 ・ごうぐら 大きな倉

 ・えびすとうげ 近くに「えびす様」が祀ってある。小学校

 ・ぜんちゃんだ ぜんじさんの田んぼ

 ・いけんしいど(池の中の水道、溜池)

 ・まちうら

 ・なかうら (人名、中村)

 ・よこわい 田の割り方

 ・たてわい 田の割り方

 ・えご 田の名

 ・かわじい(川の尻) 以前土手だった。

 ・でみせんまえ(出店の前)

 ・ていしごう(砥石川のごもり)

 ・にしごがわ

 ・しんがえ(新ヶ江)

   *やしま付近は「やしき」の一言で表す。

 *小通りのことを「あんたこどい(向こう側)」と言う。



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