【小城郡三日月町 三ヶ島・道辺地区】

 

25班:943091高田和明、943089泉 秀樹、943090高島 稔

 

 

<三ヶ島(南)>古賀英夫さん(80代)

三ヶ島について、いろいろな老人の方に尋ねましたが、しこ名等に詳しい方はこの辺りに二軒ほどしかなく、その内一軒は他の班が調査に行ったので私たちはもう一方の方を尋ねました。

今でいう三ヶ島は川を挟んで北を桑野ヶ里、南を三ヶ島ヶ里と呼んでいました。桑野ヶ里の三十坪の辺りに以前は堤があったらしく、そこから水を引いていた。

元役人だった古賀さんでさえも、地図に記した範囲しか覚えていないらしく、しこ名が現時点でもかなり忘れられていることを痛切に感じた。

 

 

<道辺>原口正勝さん(72

道辺の地域は平川と祇園川にはさまれているために以前より水害にひどく悩まされた。水害時は家の二階まで水にひたることがあり、一週間から十日間も水の引かないこともあった。現在はポンプの設置により適度に水が排水されており、村には昭和28年に建てられた水害復旧記念碑も残されている。基本的に土壌は良いらしく、この地域は全域にわたって裏作が行われている。また村の右半分は畑作が中心でしこ名はあまり使われていないらしい。「はちのわり」の左横などの住宅地にもしこ名はない。水争いはなかったらしく、水の番を24時間交替で行い、部落内で協力して水を分け合ったらしい。水は地図上でいう上の方から順にまわされてきたそうだ。これより詳しいことはこの辺りの人から聞くことはできず、全く覚えていない人が多かった。



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