地域資料叢書刊行にあたって 服部英雄 地域資料叢書の第5冊として中西義昌・岡寺良共編『歴史史料としての戦国期 城郭』を刊行する。本研究院・博士後期課程に在学する中西氏は、かねてより城 郭を史料として活用することにより、戦国史を解明できると主張してきた。丹念 な踏査を経て精緻な縄張り図(略測図)を作成し、築城主体ごとに縄張りの特性 を読みとる。関係する文献が残らない城郭は多い。文献が稀薄か、ないしあって も記述に信憑性が乏しい場合もまた多い。それでも縄張り図の読解という観点か ら、史料としての活用の道が開ける。本書はまさしくそうした氏の主張に沿って 論述されている。現在全国各地で、城郭の縄張り図作成がさかんである。ある時 は都道府県教育委員会によって、ある時は同好の士によって、多数の縄張り図が 作成されてきた。しかしいままでの北部九州に関していえば、そうした動きは必 ずしも顕著ではなかった。 本書では中西氏が旧筑前国の糟屋郡・席田郡・那珂郡・早良郡・怡土郡一帯を 扱い、この間中西氏と協力して作業を進めてきた福岡県教育委員会の岡寺良氏が 御笠郡・夜須郡・下座郡一帯を扱う。両者相まって、筑前における城郭遺構のあ り方が明確になった。戦国期のこの地域は大内、毛利、大友、島津の各大名が対 立し、拮抗する。そうした大きな勢力の中に、長野、秋月、原田、筑紫、草野、 宇都宮など在地系の勢力が割拠していた。そこに織豊系技術による畿内系の新城 郭が建設されていく。戦国期から織豊期にかけての、そうした諸勢力の消長を考 えるうえでも、本書の成果は基礎作業としても大きな意味を持つものと考えられ る。