わが家のホームグラウンド・井原(いわら)山を誉む

 井原山(983M)は背振山地第2の高峰という。しかしそのわりには知られ
ていない。国土地理院の5万分の1の地図にも名前が記載されていない。不遇の
山とはこうした山をいうのか。
  不遇であったのは前山に隠れるため、里の人々にはなじみが薄かったからだろ
う。とりわけ奥まった位置にあるような気もする。また稜線の連続で鋭鋒ではな
いから、目立たない。雷山や背振山のように信仰の対象となったりすることもな
かった。
 背振山地を展望する箇所で、よいと思ったのは筑肥線、姪の浜駅から西の高架
で、鋭峰背振山(1055M)と金山(967M)までの釣り尾根状の稜線が圧
倒する。残念ながら眺望のよいのは下り線のみ。朝の通勤での上り線では下り線
のコンクリーの壁がじゃまをするから途切れ途切れ。最近視界を遮る高層ビルも
増えてきた。
 車窓右には特色ある飯盛山。飯盛山とはよくぞ名付けたり。こんもりと盛り上
がっている。その奥に井原山はみえている。ただし頭だけが少し。だから飯盛山
にばかり目がいく。井原山は目立たないのだ。
 西九州高速道路の前原市、長野川にかかる橋のあたりからは、堂々たる雷山
(955M)が眺望できる。信仰の山雷山の由来が実感できる箇所だ。だがここ
でも井原山の印象は薄い。井原山から下山のバス(乗合タクシー)でも顕著にみ
えるのは雷山で、それより高いはずの井原山はなかなかみえない。通勤路の大濠
公園からは遠くに望める。立派な山容で雷山を圧倒している。残念なことに遠す
ぎる。こうしたことに気づくまでに、福岡に転勤してから5年がかかっていた。
人は山に登ったか、または登ろうとしたかしないと、山なみ展望には関心を持た
ない。
 最近になって今津の毘沙門山がもっとも優れた展望台だと気づいた。ここから
は左に背振山、続いて金山、そして井原山、続く雷山、さらには羽金山と全ての
秀峰が一望できる。毘沙門山では眼下の海の景観に目を奪われがちだが、山もよ
い。ここからの井原山はまことに堂々としている。
 そして実際に親しんでみるとなかなかにおもしろい山だ。わが家では今やホー
ムグラウンドの感がある。
  この山には何度も訪ねた。しかしトラブルが続いた。最初はダルメキ谷から尾
根まであがったが、雨で引き返した。帰りに川で遊んでいて、テント、そしてシ
ュラフが3個、飯盒、ナタなど入ったザックを車道脇に放置していて盗まれた。
盗品専用の流通ルートがあるとしか思えない泥棒だ。そのあとは洗谷で小学二年
生、二男がよそ見をしていてカップヌードルの汁を膝にこぼした。やけどをした
ようなのでタクシーを呼んで下山し、救急病院に直行した。そのつぎも二男が洗
谷の二俣で、アブに刺された。蜂にさされかのようにいって、激しく泣くので下
山。
 しかしよいことも劣らずある。この川にはエノハがいる。両方の谷にいる。な
かなか釣れない。しかも大きいのはめったにいない。手の幅あるかないかだから、
20センチ弱。だがネイティブではないか。鰭や測線が異様に赤い。全体が黒ず
んでいる。体長が短いのに、一部銀毛化している。
 子供が初めてエノハを洗谷で釣った。生まれて最初のエノハだった。その後も
行けば一尾は釣る。釣れなくともハヤなら釣れる。楽しいところだ。
 登頂を果たしたのは五度目(99/6/12〜13。洗谷の下部にキャンプ)。
 バス(乗合タクシー)で入山。山の家に行ってキツネノカミソリの群落はどこ
かと聞く。水無鍾乳洞の駐車場のあたりに咲くが七月の終わりだと言う。今はホ
タルがよいらしい。今年はすごく多いとか。
  田植え前で田には水が張られていた。むかし洗谷でイノシシの子どもをみかけ
た。一度の休みでキャンプ地へ。飯盒の飯3合が売り切れる。夜中に子どもに押
されて、石が当たるところで寝ていた。ペグを忘れたことと、張り綱を張らなか
ったことが失敗。
 明け方は鳥よりも早く、四時一五分に目が覚める。釣りに行くが釣れない。伊
吹が登山道が横切る第2の地点で、魚が泳いでいるのを見つけ、見事に釣り上げ
た。腹のでかいエノハだった。朝飯を炊いて8.15出発。二俣手前で「魚が泳いで
いる」という。子どもは目がよい。二俣は前に来たときとはうって変わって木が
生い茂っている。次男もここで刺されたと思い出したよう。だんだん沢は暗くな
ってくる。と、右手に長いロープが下がっている。次男はめちゃくちゃに足をか
けるから一度は滑り落ちた。上って見るとロープは何本も続く。こんなところ帰
りは降りられるのかと不安になる。そのさきは二段の瀧。これも恐ろしげなとこ
ろを登る。やがていくつも分岐になり、沢床が岩盤になる。なかなか楽しいとこ
ろ。水が切れるところで、カップヌードル。
  ここからは沢の中をケルンに従い行く。分岐で分かれるとすぐに沢ではなく崖
状になる。ロープの連続。傾斜も相当にきつい。次男はいやになったか少し不機
嫌になるが、上の方から長男の声がして、大泉みたいな草原に出たとか、雷山か
らの道に出たとか言っている。登りついて、潅木の中のトンネルを行く。次第に
見晴らしも効く。何という名前かしらないが、つつじがとてもきれい。今山、毘
沙門山のみえるところもある。やがて長男と合流。頂上直下で待っていた。
  山頂は期待通り。風が少し強いが、可也山から糸島平野、高祖山、飯盛山、福
岡の市街や、どんぐり村。有明海。筑後川。羽金山に天山スキー場。そしてツツ
ジにみずきのような白い花。とにかくすばらしかった。うちの近所のグランドか
ら、また大濠公園からも井原山はみえる。山頂からみえるところからは皆、逆に
この山の頂が望めるのだ。
  くだりはびびったほどでもなく、短時間で沢床に。16.15テント場に着く。水を
飲んでテント撤収。ここに前から放置してあるゴミはこのつぎに来たときに穴で
も掘って埋めるか燃やすかしたい。17.15出発。3つの橋のうち最後の橋を前に来
たとき、おかあさんは渡らず、横を歩いたといったら、子どもたちが、あのロー
プのところはおかあさんはムリだと威張り始めた。堰堤でイノシシのヌタ場やモ
リアオガエルの卵をみる。
 17.45井原山西、ここでおじいさんといろいろな話をする。みえるのは雷山だと
いうが本当だろうか。遭難の話、滝で動けなくなった早良のお医者さん、お宮が
東と西では別になっているという話、カゲノ谷(ダルメキ谷)にあった銅山の話、
学校の話など。最終の乗合タクシーで下山した。いつもながらうちの家族だけだ
った。

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