『地域資料叢書1 村人が語る17世紀の村』目次


    地域資料叢書発刊にあたって

   本叢書の第一巻は大学院博士課程二年に在籍する東昇氏の備前国津高郡尾上(おのうえ)
村、今日の岡山市尾上に関する現地調査報告である。氏が岡山大学に在籍していた頃から、
あしかけ三年に亙る調査の報告という。近世史主体の報告なのだが、中世史を専攻するも
のにとっても興味深いフィールドである。水利の上からいうと、『平安遺文』に収められ
た金山寺文書にみえる座主川用水の灌漑水域で、かつその末端に位置している。また湛井
十二ヶ郷用水、すなわち備前国の在庁官人で、『平家物語』にも登場する妹尾兼康が築造
したことで知られる十二ヶ郷用水の一部余剰水を受けてもいる。なぜこの点が注目される
のか。このような用水の末端にあって、かつ他の用水を受けるという水利のあり方は、用
水路が土木技術の向上を受けて延伸されるにつれ、かつ堰上げ技術の向上により、供給可
能な用水の量が増加するにつれ、遅れてその受益地に入ったことを暗示する。開発の後進
性である。
 一方尾上の条里耕地自体の標高は海抜1.0〜0.9メートルときわめて低い。その南方
の条里地割が乱れる変則条里では標高0.8メートル。この地域は『大安寺資財帳』の葦原
にも比定がなされるという。この低い標高は近世干拓である興除新田干拓地と比較しても
さほどの差はない。
 典型的な条里地帯ではあり、備前一宮、吉備津神社にも近接する。加えて尾上車塚古墳
の存在からすれば、早くからの開発が想定される。しかし水利の状況や標高からいうと、
村全体が古代に真っ先に開発されたというわけでもないようだ。古代の開発地ながら、徐
々に遅れて開発された部分も相当にあったということになる。そして寛永検地までには今
日の耕地は完成していた。
 瀬戸内海のさらに内湾(児島湾)に面し、顕著なる潮の満干差のある干潟や葦原の開拓
を進めていった村。尾上は村の成立、開発のあらましが、およそは理解できるという点で
も、まずは注目されるべき村ではなかろうか。どうか熟読の上、ご批判いただければ幸い
である。
  
                         1997年10月10日


                                                  服部英雄


目次

 1寺と祠がつぶされる −池田光政の廃寺と寄宮−
 2移動する身分 −あるときは神職深井出雲、あるときは百姓伝兵衛−
 3検地に行った藤次郎 −尾上村の村役人たち−
 4印判を作った百姓たち −年寄茂左衛門家の人々−
 5結婚するなら1・2月 −大庄屋則武与四郎と尾上村組の広域行政−
 6赤い牛と黒い牛 −村の労働力と耕地−
 7水下の人々の悩み −座主川と五ヶ村用水−
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