調査の概要

 94年夏:主として佐賀県小城郡東部

 94年冬:主として佐賀県三養基郡西部(近世の三根郡域)

 95年夏:主として佐賀県杵島郡東部

 95年冬:主として佐賀県神埼郡南部、佐賀郡(佐賀市近郊)

 96年夏:主として佐賀県小城郡西部、佐賀郡(佐賀市近郊)

 96年冬:主として佐賀県佐賀郡山間部

 97年夏:主として佐賀県東松浦郡東部(唐津市近郊)

 97年冬:主として佐賀県東松浦郡北部、一部杵島郡など、

 98年夏:主として佐賀県東松浦郡南部と西松浦郡(伊万里市近郊)

 98年冬:熊本県南関町

 99年夏:佐賀県西有田町、有田町、山内町、武雄市武内町ほか福岡県若宮町

 99〜2000年冬佐賀県:武雄市<若木町、武内町、東川登町、西川登町>ほか

 2000年夏:佐賀県藤津郡嬉野町 塩田町

調査した地域 青−1994〜96年、緑−1997年調査、茶-1998年調査 黄色-1999年 ピンク-2000年調査

千代田町高志のほり

「歩き、み、ふれる歴史学」

 本学に赴任して六年になる。この間、「歴史と異文化理解A」「歴史の認識」「歩いて歴 史を考える」「農村、山村を歩く」「中世の村と人々」などの授業科目を担当した。コア は共通シラバスに従うが、プラス担当教官の個性を加味してもよいとされている。コア科 目、個別教養科目、いずれにおいても学生諸兄姉とともに、かならず現地調査を行ってき た。 近年は体験学習、野外学習の重要性が指摘されている。わたしの所属する比較社会文化 研究科はその学問研究の柱にフィールドワークをあげている。そこで全学共通科目におい てもフィールドを実践している。  現地調査を通じて、

「教師は教壇の上にだけいるのではない」

「真の学問は大学の研究室の外にある」

このことを強調してきた。  現地に行って何を調べてくるか。学生がはじめて聞き取り調査をする場合、何らかのマ ニュアルも必要だろう。調査はマニュアルにしたがって行われる。地名、水利慣行、むか しの村の暮らし----調査項目は多岐にわたっている。現地調査が成功するか否かの鍵は、 村のことに詳しい古老に巡り合えるかどうかである。  現地調査は学生たちにはどんな教育効果があるだろうのか。農村には後継者がいない。 だからこのままなら日本からはまもなく農村はなくなる。こんな分かりきった事実の認識 も、当事者のことばから聞くのと、知識としてのみ知るのとでは、全然違うのではないだ ろうか。

  村にガスもなく、炊飯器もなかった時代にどうやって食事をつくり、風呂を沸かした のか。自然と共生し、貧しくはあったが、自給自足ができ、公害もなかったかつての村々 のくらし。 その認識をうるだけでも、生きた知識になる。忘れてしまう知識を詰め込まれるよりは大 切だ。 もちろん優れたルポルタージュを書く訓練になるとも思うのだが。

 調査の時に録音テープを採ってきてもらう。ずいぶん楽しそうだな。学生側はは尋ねる 項目にとまどってすらすらとはいかない。でもおじいさん、おばあさんたちは若い学生と むかしの話をするのがうれしいようだ。

 むかしの若者の暮らしについて聞く項目もある。話が弾んでいたら、若者の恋について も尋ねてみようとなっている。案外にヨバイの経験者が多い。この手のはなしはふつうは 男性のみがいる場での武勇伝になるのだが、ある学生は老夫婦が一緒にいる場でその話を 聞いた。「そがんな話し、初めて聞くよ」。奥さんも知らない話が聞けた。

 調査のしっぱなしはよくない。そう思ってこの頃は学生レポートのコピーを世話になっ た古老に送ることにした。量が多いので送る作業だけで二日かかった。そうしたらなかに 返事をくださる方がおられる。たいていはある程度ほめてくださるが、間違いを厳しく指 摘される方もおられる。過日電話があった。「この村に電気が来たのは昭和50年と書い てあるが、わたしが生まれたのは大正13年。それ以前にはもうきていました」。学生は 昭和50年には生まれていなかったから、そのあたりの感覚が分からないのだろうか。半 分笑い話である。その方にむらの地名を聞いてみたら、たいした地名はないと謙遜してお られたが、5分後にまた電話があって、多くの地名を教えてくださった。その地名は学生 レポートには記述のないものだった。分かり切ったことなのだが、調査の充実を期すには 一回限りではダメである。しかしわたしが再調査にいってみると、その方が入院中であえ ないこともある。亡くなっておられることもある。まさしく一期一会だ。

貴重な調査情報のうち、聞き取った地名だけでも、早く地図にして刊行したいと思い、 ここ数年努力している。しかしレポートの不十分なところを再調査していると、どんどん 時間がなくなっていく。4年前までに調査した分、平成6〜8年頃に調査が終わった地域 の分を、まず本にして早く刊行したい。そして調査に参加した卒業生や学生たちと一緒に 思い出を語りたい。これが夢である。

                       「RADIX」23より(2000/1/23)


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