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蒙古襲来

2015年04月04日 北海道新聞 評 橋本雄 北大大学院准教授 通説を覆し史実再考

 蒙古襲来の通説的理解に根本から異を唱え、その歴史的実態に迫ろうとした快著である。歴 史研究書にありがちな腰の引けた文章ではなく、あえて断定口調の短文を重ねることで自身の 仮説を力強く提示している。  まず、通説的理解の根拠とされてきた「八幡愚童訓(はちまんぐどうくん)」を「創作」物 として切り捨てる。歴史学の基本に立ち返り、確実な文献史 料を押さえる。そして、地名・天 候・潮汐(ちょうせき)情報など、ありとあらゆるものを動員して合理的に推理していく。そ の結果得られた、蒙古襲来(文 永・弘安の役)における戦闘の経過の復元は見事である。とく に文永の役でモンゴル軍が即日退散したかのように語る既往説は、完全についえたといってよ かろう。  「蒙古襲来絵詞(えことば)」に関する新説も刺激的である。武具や家紋、漕船方法など、 個々のモチーフを丹念に読み解く。2通あるだけでも不自然 な奥書(おくがき)(本絵巻の成 立趣意書)についても、当初の「蒙古襲来絵詞」から切り離して理解すべきことを唱える。実 に説得的であり、「蒙古襲来絵 詞」理解の真の第一歩が刻まれたと歓迎したい。  だが、先鋭的な書であるだけに、疑問点も芋づる式に噴出してくる。たとえば、《1》南宋 が日本から積極的に輸入していた硫黄欲しさの侵略なら、モ ンゴル軍はなぜ硫黄島に直行せず 博多に向かったのだろうか? 《2》「江戸時代に始まって四百年近い研究史の中で、だれも が距離すら問わず、地図も見な かったのだろうか」と著者はうそぶくが、本書のほぼすべての 地図にスケールが入っていないのは如何なものか。《3》錯簡(さっかん)《一度剥離(はく り) した紙が異なる順序で復元されること》や欠落の少なくない「蒙古襲来絵詞」の原型を、 結局のところ著者はどのように考えているのか? こうした疑問が次々 と浮かぶ。  しかしこれらは、著者が通説を根本から考え直した結果、生じた疑問であり、課題である。 今後、蒙古襲来を考える際、われわれは必ずまず本書から出発しなければならないだろう。 (山川出版社 2592円)

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