芦廻瀬川(あしのせがわ)遡行
97年9月12〜13日
9月11日
 紀和町・赤木城の会議を終えて湯の口温泉・瀞流荘に泊まる。体重計に乗り愕
然。77キロもある。体力気力の欠如を実感する。タクシーの手配をするが、地
元紀和町のタクシーは朝7時に学校の子を乗せるので不可能という。スクールバ
スになっているのだ。御浜タクシーは、湯の口まで空で走る分、30分6000
円の半分は迎車料金で面倒みろという。仕方がないと返事はしたが、3番目にテ
レした十津川・平谷にある三光タクシーが来てくれることになった。
12日
 朝5時50分にタクシーに乗る。隣の大和屋でにぎりめしを受け取る。二食で
300円と格安。ここは釣り宿とのこと。対岸に渡り吉野川に沿って下るが、登
り下りが激しい。途中から山中に入って、和歌山県の飛地を行く。細々とした山
の道。これでも国道というから驚く。1カ所地図にない立派なトンネルがあった。
去年完成した新トンネルで、これで北山と十津川がつながったとのこと。やっぱ
り国道だった。奈良県にはいると十津川村。村営バスとすれ違う。スクールバス
とのこと。生徒は2人ぐらいしかいないという。山の斜面にはりつく葛川(くず
かわ)の村が美しい。いずれ過疎で消えるかもしれない。いつか調査に来てみた
いところだ。
 7時5分七泰ダムに着く。運転手がここまで入ってくれたので、小川の村で降
りてミミズを捕るつもりが捕れなくなった。「この川は釣りに来た地元のモンで
もしくじることがある、気を付けて」と注意してくれた。9240円。
 ここのところ先の台風以来まともな雨がなく渇水気味という。天気は今日も快
晴で沢登りには絶好。しかしいつもながらビールの1リットル缶は重い。500
ミリ1本で我慢できれば、沢の達人なのだが。
 7時15分出発。すぐに渓流靴に変えるが、七泰の滝まで左岸の古い遊歩道に
入りすぎた。鉄の階段を下りて滝の左手の鎖付の巻道を登り滝上へ。ホイロ滝は
右を登ると確かに次のマキ滝でつまる。しかし先ほどのきわどいところを引き返
す気にはなれない。よく見ると左の壁に残置ハーケンと捨て縄がある。低くて意
味のない位置に打ってあった。そこを登ると、その上にはなんとクズ(フジヅル)
の天然ロープが残されていた。へたも来ていると思うと安心。巻き終了8時15
分。朝食。炊き方が悪いのか、にぎりめしはまずかった。この上にもビニール紐
の残置があった。
 このあとは次々に展開する光景に夢中。この先はどうなる。次はどうなる。名
にしおう美渓、豪渓だ。大台東の川、長瀞、と南紀・奥熊野は美渓がうまれやす
い地形なのであろう。地図に高圧線が描かれているが、全く気づかぬまま過ぎる。
とにかく通過に夢中でかえって今は記憶が薄れてしまっている。ガイドブックに
へつり、トラバース悪いとあるところはそれと意識せずに通過してしたようだ。
魚影はすこぶる多い。だが皆ハヤのようだ。
 9時45分ひいらぎ谷らしき出合いを通過。渇水のせいか、案内書に泳ぐとな
っているところも膝程度の徒渉で済んでいる。それにしても美しく楽しい沢で、
悪いという感じがあまりしない。10時10分休み。下竜宮谷の出合いのよう。
この谷はかなり伐採されている。
 これより焼嵒(*くら・山の下に品)淵に入る。腰までは浸かる。泳いだとい
えるところは淵の脇の深い水たまりが1カ所。それも1メートルほどの泳ぎ。こ
うして進んで、やがて深い淵を持つ7メートルほどの滝に遮られる。案内書は泳
ぐとしているが、泳ぎ着いた先も立てる足場がないようにみえる。よく見ると左
の壁が垂直ながらも棚があって登れそう。取り付いて棚をトラバースしてみると
残置ハーケンがある。身を乗り出すところだったので、ついハーケンの穴に指を
からませてしまった。指が痛い。トラバースから登りに移ると捨て縄があった。
これも使ってしまう。補助ザイルは出さずじまい。
 そしてつぎの問題の5メートル滝(本によっては8メートル滝、そんなに高く
はない)につき当たった。たしか11時20分だった。深い淵。しばし偵察する
もとりつくシマがない。濡れずに渡れる目の前にハーケンが1本打ってあり、シ
ュリンゲが下がっているが、これも上には続いていない。目の前の壁はどうみて
も厳しすぎる。奥の右側のわずかな出っ張りまで泳いでたどり着けば、展望が開
けるのだろうか。
 とにかく案内書通りに泳いで取り付くしかなかろうということで、シュリンゲ
数本とビナを取り出して泳ぐ。ザックがふっと浮く。しかしこの時最短距離をめ
ざしたのが失敗だった。泳ぎ着いた岸は全く深い淵で足が立たない。どうしよう
もない。わずかにホールドの穴に指をからませるも、足が立たなければ流水に逆
らっては進めない。全く進めず。手は痛くなる。寒くはなってくる。百計逃げる
に如かず。引き返そう。ところがわずかな距離の下りなのにとても泳ぎにくく、
おぼれるかと思った。着衣のせいだろう。裸の二倍は重い。
 陸に上がる。30メートルほど戻って明るい石の上で休み昼飯にする。11時
40分。今度はにぎりめしがうまく、1.5食分ほとんど平らげた。
 12時15分出発。この上(左岸)が小沢になっている。初め直上するが、正
しい巻き道は小沢から下流側に少し戻る感じで、絶壁の下の棚を斜めにあがって
いく道だ。結構踏まれている。あの滝を泳ぎ切れない人も多いのだろう。途中で
急斜面に入ったらまむしがいた。あがりきったところは人間くさく、ワイヤー、
枝を払った生々しい切りあと、酒瓶が落ちていた。ここの道は石積みまでしてあ
った。よほど利用される道なのだろう。やがて道は上下二手に分かれる。絶壁の
下を下る道に入る。木につかまりながら降りるが、最後、木に頼りすぎて足場が
悪く危なかった。12時45分、高巻き終了。30分を要した。滝頭からもう一
度ルートを観察する。淵は大きな洞窟があって真っ暗。黒部北叉の恐ろしい滝壷
の話を読んだばかりのものにはかなり気味が悪い滝だ。さっき泳いだところのわ
ずか上流は確かに棚になっており、その上にシュリンゲがあった。さらにその上
のトラバースにピトンが打ってあった。
 登れなかったから言い訳になるが、老いぼれて気力の萎えた単独の沢屋、くわ
えて水泳下手には、この淵を上まで泳ぎ切るのは少々過激。初めからルートを知
っていたら水流の穏やかななところを選んでがんばったかもしれないが。「闘志
なきものは去れ」。しかし巻きも沢登りのうち。登れないときは戻って巻く、と
紹介しておく方がふつう。遭難も防げよう。この滝を巻けば、ほかは強いて泳ぐ
必要はないし、ザイルを出すところもない。この沢のグレード4級は故意に困難
なルートを選択した場合の4級で、黒部北又谷と比べたら実質は3級か2級上。
 再び明るい谷を歩き始め、13時10分、とびわたり谷出合。この沢の出合で
は初めて支流と本流の沢床の高さが同じ、本格的な美しい出合だった。この少し
先で釣り。川虫はいくらでも捕まるが、瀬を流してもまるであたりがない。14
時10分、歩き出す。川原は所々にあるが、明日のことを考え、先に進む。15
時、古い吊り橋あり。橋板はまだかかっている。ここに細い谷が下の方からとい
う感じで出会っている。これが細谷か。
 15時40分。とても感じの良い川原あり。ツェルトカバーを木にくくりつけ、
宿を作る。シートを持ってくるのを忘れていた。薪は対岸に豊富。シュリンゲで
2束運ぶ。川虫を取り少し上の50センチの滝のある淵に釣りに行く。最初にあ
がったのは小さな小さなアブラハヤ。いやになる。 
 流速のあるところはあたりはない。静水になるとアブラハヤが餌をとる。目印
にも盛んに飛びつくヤツがいる。アマゴは滝の落ち込みに潜むのか、瀬に出てい
るのか。それとも水温が高くていないのか。餌をとられてしまい毛針に変えたが、
大きなハヤが釣れた。皆逃がしたが、あとで味噌汁の具がないことに気がついた。
 天場に戻って待望の焚き火にビール。1リットルの至福を味わう。木はよく乾
いてすぐ燃える。つまみのカルビはうまくはない。沢に入って誰にも会わなかっ
た。たった一人の沢。しかし流されてきたワイヤー残骸など多く、吊り橋も架か
るなど、何となく人間くさい。夜分冷えてきたが、とにかくぐっすり寝た。
9月13日
 5時に白み出す。さっそく焚き火。6時50分出発。7時、すぐに右岸に段丘
状の川原と大きなケルン。ここが一般の泊まり場か。しかしわが宿の方が感じが
よい。7時15分笠捨谷出合い。笠捨谷はゴルジュの奥に滝をかけている。本流
はその先が犬戻り、狼戻り。長い淵全体をこう総称するのか。大きな淵があり、
へつる。その先堰堤。その上は広い川原。なんとキャンプのセットが置いてあっ
た。誰もいないが忘れ物?その先もちょっとした淵があるが、皆へつる。ザック
を上げてその後はいあがる。案内書に泳ぐとあったのはここか。関西の岳人は何
でもかんでも泳ぐ主義らしい。次第に楽しい川原歩きが増える。小さな淵に取り
残されたハヤを追いつめ、手づかみに。つり橋あり。記念撮影。その先林道の立
派なコンクリー橋あり。右岸からあがって遡行終了。すぐに栃の実ひろいの葛川
の人たちの車にあう。「何度もあがったろう」(巻きをさせられただろう)と聞
かれる。泳いだといったらおばさんが驚いていた。十津川の言葉も難しい。8時
40分、営林署貯木場。工事をしていた池原の人に川をあがってきたといったら
笑われた。余り笑うのでこっちも一緒に笑った。「今朝は川原で寝たのか、アハ
ハハ。健康にいいのう」
 池原へは国道を行った方が車に便乗しやすいかと思って白谷トンネルを越える
道に入るが、土曜日で作業車の通行はなし。甘かった。トンネルのなかは真っ暗。
リヒトを出す。釜トンネルを思い出した。その先はセメントダンプの通行とアベ
ックの乗用車がたまに通るだけ。ソコマメができて痛い。雨も降りだした。12
時やっと浦向に着く。3時間の歩きで済んだから、営林署林道よりは楽だったか。
バスは桑原行きしかないので、店で頼んでタクシーを呼んでもらった。途中です
れ違うバスの運転手に今日はバスはあるのかと聞いている。何のこと?驚いたこ
とにこのバスは学校のない日、つまりスクールバスがあく日にのみ運行されると
いう。コピーしてきた時刻表には毎日運行とあった。ハプニングだった。たまた
ま第2土曜で助かった。しかも行き先は杉の湯まで。上市行きに接続し、連絡料
金になってはいたが。
 池原バス停に荷物を置いて温泉までいく。浦向から温泉までタクシー代合計3
000円ほど。温泉はとても良かった。500円。
 下山ルートは、バスの便からいっても滝に出るべき。金はかかるが、朝9時に
営林署か、ゲートのところまでタクシーに迎えに来てもらうのが一番だろう。1
0時か11時のバスに乗れる。上市から近鉄、新大阪から新幹線で、22時20
分博多着。1年1度の命の洗濯だった。


                                      97/9/14作成


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